今日も学校生活はつつがなく終わり、相変わらずというか暇を持て余しているのが平常運転のわたしたちは、とりあえず午後の授業からずっと喧しい千鶴のお腹の虫をなだめることに放課後を費やすことにして、近くのハンバーガー屋さんまでの道をだらだらと歩く。
しかし、まあ、何だ。こうして6人でぞろぞろ歩いているとき、決まってしんがりは雑誌を読みながら歩く祐希とそれを引っ張る悠太で、先頭は祐希を雑誌にとられてしまった千鶴とその相手をさせられるわたしなのだ。ただでさえ5対1という男女比が気になるお年頃だというのに、その猿山の大将に押し上げられたようで落ち着かないことがある。わたしだって女の子が男子を5人も先導して歩いていたら思わず注視してしまうに違いないのだから。
「そうだ茉咲呼ぼう茉咲」
「何?急に」
「女子ひとりだとわたしが男引き連れてるみたいで」
「茉咲がいても絢音が茉咲をも引き連れてるように見えるだけだけどね」
「うん、むしろ大所帯に」
猿山の後方から双子猿がきゃいのきゃいのとイチャモンをつけてくるけれど、ここは猿山の大将として英断の無視をしておいて、猿山の一角にあるお花畑を訪問する。
「春、茉咲に電話してー」
「え、僕ですか?」
「うん、春が掛ければ茉咲が来る確率が格段にアップ、むしろ100パーセント」
春は自信なさげにしていたけれど、もちろんというか案の定というか茉咲は二つ返事でわたしたちとの合流を承諾した。今ちょうど学校の門を出たところなのだと言う。
きっと一生懸命走って来るふわふわ頭の後輩を想像して、やさぐれたわたしの心は少し和らいだ。





それから、わたしの想像通りに懸命に走ってやってきた茉咲を加えてわたしたちはまたぞろぞろと目的の店までを歩いた。
「千鶴のためにわざわざ寄ったげたんだから今日は千鶴の奢りね」
「んだとゆっきー、そんな懐の小さいことで男を名乗ってもらっちゃ困るってもんよ」
「そう思うならここは懐の大きい千鶴さんが奢ってよ」
「ハンバーガーくらいで懐のでかさが決まるかよアホ」
「うーわー出たよこのおぼっちゃまめ」
「茉咲ちゃん何食べます?」
「え、えっと…」
「てか茉咲メニュー見れる?ほらお姉ちゃんが抱っこしてあげよっか」
「い、いらないわよ!」
「まあまあそう言わないのまーちゃん。ほーら」
「ぎゃあああいいって言って…!」
「ま、茉咲ちゃんほ、ほらメニュー」
「ほっときなよ春。絢音は茉咲に触りたいだけだから」
「こらそこの真ん中分け、ひとを変態みたいに言うな」
悠太は相変わらずでわたしも相変わらず。わたしが悠太を好きになったからといって表立って変わったところなど、何一つない。それはきっと、まだわたしが踏ん切りをつけていないからだ。これ以上近づくことも離れることもない幼馴染をとるか、近付くか壊れるか二者択一の関係をとるか。迷ってしまうのは、幼馴染の立ち位置の居心地が良すぎるせい。今のままだって、わたしたちの関係を脅かすような不安要素は、わたしのこの気持ち以外には見当たらないのだから。
「…、絢音ってば」
「あ、ごめん、ゆう…きか、なに?」
「飲み物、絢音なに頼んだの」
「あ、えっとジンジャエール」
「ん、はい。たぶんこれ」
「ありがと…」
わたしにジンジャエールを手渡して祐希が隣にすとんと腰掛けた。4人席をふたつくっつけてどうにか収まる大所帯は、わたしの隣に祐希と要、向かいの席に悠太それから春と千鶴が茉咲を挟むように座っている。
「めずらしいね」
メリーさんとちーさんが喧しい対面に目を遣りながら祐希がぼそりと呟いた。
「ん?」
「絢音が俺と悠太間違えるの」
「…あれ、ばれてた」
「呼ぶ前に気付いたのはさすがだけど」
「ま、伊達に君たちと一緒にいないってことだよ」
「…というか、伊達に悠太のことばっか考えてない…じゃない」
「ゆ」
「俺も伊達に絢音と一緒にいないってことですよ」
悠太もね、という台詞を祐希が言外に含めたのかどうかはわからないけれど、わたしの想い人に良く似たその横顔を見るに、自分のこの気持ちが図らずも悠太に届いてしまうのは時間の問題なのではないかと思わずにいられない。悠太も祐希も互いのことには敏感でも自分のことになるとからっきしなのが救いではあるのだけれど。
「というわけではい、これ」
やにわに何故か祐希からポテトを一本渡された。スリムなボディをしたお芋さんはわたしの指に塩を擦りつけて後は大人しくしている。ポテトなら目の前に茉咲と半分こした自分の分があるし、痩せぎすゆえに揚げられ過ぎた色をしているそれはあまり美味しそうとは言えないのだが。
「今のばらされたくなかったら、これを要のストローに合体させるんだね」
「…このポテトあげるよみたいなノリで恐喝をするな」
「おいコラ俺のストローへの悪企みにはツッコミ無しか」
わたしと祐希の密約は当の本人に筒抜けだったらしく、テーブルについた肘に不機嫌な顔を乗せて要がこっちを見ていた。わたしと祐希は何となく顔を見合わせる。要はあの通り何事にも聡い奴であるから、わたしと悠太に表立った変化は無くともそこにある微妙な空気の違いに気づいていないとも限らない。何も知らない顔をして、茉咲の春への気持ちをおそらくいち早く見抜いていたのも要なのである。
「かなめ」
「別に俺は何も聞いてねえよ」
「そっ、か」
要がそう言うならそうなんだろう。聞いていても、誰にも言わない何も言わない。つまり、聞いていなかった、のだ。祐希がこれくらい気の回る奴だったら良かったのに。
「ありがとう要」
「…そう思うんならそのストローに刺したものを今すぐ撤去しろ」
「いやいやそれとこれとは話が別なんですよ兄貴」
「だいたいお前と祐希はいつもいつも、」
「ま、茉咲ちゃん大丈夫ですか?!」
「ご、ごめ、春ちゃんの制服、も…」
「ゆうたん、何か拭くもの拭くもの!」
「千鶴が取ってきなよ、半分千鶴のせいでしょ」
「ゆうたんのはくじょうものー!」
要のお説教が始まったところで向かいの席が途端に騒がしくなった。おろおろしている春と千鶴に挟まれた茉咲は真っ赤になった頬でくりくりの目にいっぱい涙を溜めて、テーブルにひっくり返ったドリンクの紙コップを凝視している。悠太の言い草からすれば、茉咲と千鶴のいつものじゃれあいに巻き込まれた紙コップが、茉咲と春にその中身をひっくり返したというところか。やにわに茉咲は紙ナプキンを大量に持ってきた千鶴を振り切って立ち上がると一目散に駆け出した。とたんに春が輪を掛けて慌て出す。
「どっ、どうしましょう…茉咲ちゃん…」
「春はまず自分の制服。茉咲はわたしが見てくるから」
「…俺も行くよ、ほぼ俺のせいだし」
「大丈夫だって、それにたぶん千鶴は入れないよ」
「ん?」
「だから、これで十分」
千鶴の手から紙ナプキンを何枚かもらってわたしも立ち上がる。こういう時のあのひつじさんの行き先はいつも同じなのだ。それくらいがわかる程度にはわたしは茉咲の友達であるつもりだから。
お説教が宙ぶらりんになって不服そうな要には祐希という絶好の餌を与えておいて、わたしは逃げ出した子羊を追いかける。茉咲の気持ちを思うと、何故だか今は悠太の顔が見られなかった。

それはきっと、あの小さなメリーさんが今のわたしにとても、似ているから。


120503 左利きの鬼ごっこ
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