要っちん家行こう!と言ったのは千鶴で、要とお母さんの二人っきりの時間を邪魔しちゃ悪いよ、と言ったのは祐希だった。
「…なら何でお前らは今ここにいるんだよ」
「ほら…だから言ったじゃん。二人の時間を邪魔されて要がお怒りだよ」
「そういうことで怒ってんじゃねえ!」

土曜日の昼下がり。ここのところ平日でさえ暇を持て余しているわたしたちには、週休二日という社会制度はどうにもありがた迷惑な話なのであり。そんな理由で押し掛けられた要にはただただ迷惑なだけの話なのだった。
塚原家の広いリビングの大きなテレビはさっきから絶え間なく激しい銃声とそれに撃たれたゾンビたちの断末魔を音量30で垂れ流している。その前で拳銃型のコントローラーを無駄に格好良く構えるのは祐希と千鶴。後ろのソファで残りのわたしたち4人がおせんべい片手にそれを鑑賞している格好だ。さっきまでは4人でできるリズムゲームをやっていたのだけれど、春の壊滅的なまでのリズム感に何故かわたしたちが可哀想になってしまったので悠太が電源ボタンを静かに押した次第である。春のお花畑に音楽は存在しないのだ。ノーミュージック。
「祐希隊員!右から大量のゾンビに襲われました!」
「千鶴、これ協力モードなんだから足引っ張らないでよ」
祐希は千鶴隊員の足元にぶら下がっているゾンビを2発で仕留めると、廃墟っぽい薄暗い画面をさっさと進み出す。協力モードなんて言うわりにもっぱら祐希の方が協力する気がないのは当然といえば当然である。これを機に祐希は協力が何たるかを身をもって学べば良い。
「あー死んだ!」
「ちょっと千鶴隊員、死ぬの早いよ」
「ゆっきーが見捨てるからだろー!」
「次、何する?」
「ねーおせんべもうないよ」
「コンビニ行こーぜ!んでそのあとはー」
「あとも次もねえよもう帰れ」
「んだよ要っちのいけずー」
「そんなにお母さんと二人きりがいいんだ…やっぱり友情は恋には勝てないか」
「きっと要にとって俺たちってその程度の存在だったんだよ、ほら…春も絢音も泣かないで」
「え…あの僕は、」
「ふええん悠太あー…」
「え、絢音ちゃん?」
嘘泣き甚だしいわたしの頭を悠太が抱えてよしよしと撫でる。あっという間に女の子を泣かせる塚原要の図の出来上がりだ。そうして至極ナイスなタイミングで要のお母さんが夕飯の買い出しから帰ってきた。この息子にしてこの母とはどうしたって言えないくらい純粋な要ママは、リビングでいきり立つ息子とその幼馴染みに宥められながら泣いている(ように見える)同じく幼馴染みの女の子を見て目を丸くした。
「あ、あら?絢音ちゃんどうしたの?」
「要ママ―、かなめがー」
「要くんが?」
「わっわかったから!母さん巻き込むなめんどくせえことになっから!」
途端にぴたりと泣きやんだ息子の幼馴染に目を丸くしながらも、要ママはキッチンに買い物袋を広げながらのんびりと笑った。細かいことを気にしない素敵なお母様を要は少しは見習った方がいい。
「そうだ、みんな夕飯食べて行くでしょ?」
「あ、はーい頂きます!」
「はあ?何言ってんだ帰れ」
「いいじゃない要くん、みんなの分もお買い物してきちゃったし…」
「だって!」
「……」





「うはー美味しかった!ごちそうさまでしたー!」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
騒がしい晩餐が終わり、ご機嫌な千鶴の隣で浅羽ツインズが折り目正しく手を合わせる。これは浅羽のおばさんというより悠太の教育の賜物なのだろうなあと、満腹でぼうっとしている浅羽弟を見ていたら、絢音もちゃんとごちそうさましなさい、と浅羽兄に怒られた。どうも悠太の中ではわたしと祐希は一緒くたに手のかかる子という烙印が押されているようだ。大人しく言われた通りに手を合わせると、斜め前の祐希が半笑いの嫌な顔でわたしを見てきたのでテーブルの下でその向こう脛を蹴ってやった。

「はーお腹いっぱいになったら眠くなってきたなー」
「それにこの塚原家のふかふかのソファが眠気を増進させるよね…」
「……」
「おい、なんか既にひとり寝てる奴いるだろ!」
「んー寝てないよ…ぐう」
「言ってる語尾が寝てんだよ」
食後にリビングでぐだるわたしたちを要が追い出しに掛かる。けれど腰が重いうえに今は満腹でお腹も目蓋も重い彼らを動かすのはいくら要と言えど至難だろう。
「あら、泊って行ってもらったらいいじゃない要くん」
「はあ?!また母さんは余計なこと、」
「おお!ではお言葉に甘えて!」
「甘えんな!」
「ふふ、じゃあ要くんのお部屋にお布団敷いておくわね」
「やったー!お泊りだー!」
「要くん、いいんですか?」
「…ダメっつっても聞かねえだろどうせ」
千鶴たちと同じくらい嬉しそうな要ママがリビングを出て行った。つられるようにして立ち上がったわたしを、5人分の視線が追い掛けてくる。
「あーじゃあわたし帰るね」
「へ?何で?」
「何でって…さすがに一緒にお泊りは有り得ないでしょ」
「ああ…別に俺たちは何もしないけど要はわかんないからね…」
「俺だって何もしねえよ!」
「それもどうかと思うけどね…わたし女として」
「けど、何だそっか絢音帰んのかー」
ソファにコロンと転がった千鶴さんが不満げに頬を膨らませた。淋しいですねえ、なんて返事をする春は本当にわたし以上にどうかと思う。
「じゃあ、また学校でね」
「おお、気をつけて帰れよ」
「おやすみなさいー」
それぞれに寄越された返事を聞きながらリビングを出ると、足音がひとつわたしを追ってきた。

「…どーしたの悠太?」
「家まで送るよ」
「え、いいよわざわざ…まあまあ距離あるし」
「だからでしょう」
「あ……うん」
俯いたわたしが頷くと、悠太もひとつ頷いて玄関へ向かう。意味深な沈黙がわたしたちの間に停滞した。

「なーんか、悠太がモテるの分かった気がするなあ」
外へ出て曇り気味の夜空の下、隣の悠太を見ないで呟く。身体ひとつ分空いた距離は、そのままわたしと悠太の気持ちの距離。何が、と聞いた悠太がこちらを向いた気配がするけれど、わたしはその顔を見れなかった。
「送るよ、なんて自然に言えちゃうところ」
「…みんなに言ってるわけじゃないよ」
「でもきっと言えちゃうでしょ」
「…どうかな…」
悠太は少し思案するように上を見上げて、曇り空から答えを貰ったかのように首を戻すとゆっくり横に振った。それを目の端で見て、わたしはまた空を見る。
「言わないかな…面倒だし」
「…ねえ悠太」
「ん?」
「今は、」
面倒じゃないの、と聞こうとしたわたしは悠太に腕を取られて躓くように身体ひとつ空いていたその距離を詰めた。ライトを眩しく散らしながらトラックが細い道を通り過ぎてゆく。ありがとう、と呟けば、うん、と素っ気ない返事が返ってきて腕が放された。
面倒じゃないの、と聞いたとしてわたしはどんな答えを待っていたんだろう。幼馴染の特権を濫用して、安っぽい優越感に浸ろうとしただけじゃないのか。そんなのは、
「そんなのは…嫌なわたしだな」
「絢音、」
やにわに悠太がわたしの手を取った。
「ほら…危ないから」
ふらふらと細い道の真ん中近くを歩いていたわたしの隣を、また一台、車が走ってゆく。悠太は、車が行き過ぎても今度はその手を放さなかった。黙ってわたしの一歩先を歩いている。その後ろ姿をぼんやりと視界に入れながらわたしも手を引かれるままに、歩く。
昔、祐希と喧嘩して幼稚園を飛び出したわたしを悠太が見つけて連れ帰った時もこうだった。またわたしがどこかへ行かないように、しっかりと手を握って、わたしが迷ってしまわないように、一歩先を歩いて。
「ねえゆーた」
「何?」
「わたしたちって、ずっと、こうなのかな」
「こうって」
「ずっと、昔のまま」
わたしが言うと、悠太は不意に足を止めて振り返った。今夜は三日月で、悠太を照らすのは月ではなく電灯だったけれど、趣も何もない白色灯の光に浮かび上がった悠太は、それでもとても、うつくしいと思った。
「先のことは分からないけど、」
悠太が繋いだ手を少し引っ張る。ととん、と2、3歩。狭い歩幅が悠太との距離を詰めた。
「さっき絢音が帰るって言った時、俺は少し嬉しかったかな」
「え、や、やっぱ邪魔だった?そりゃ男の子だけで話したいこともあるもんね、」
「じゃなくて」
悠太がすうっと目を細める。繋がれた手に少し力が込められた、気がした。それだけで、悠太が別人のように感じられて。
「俺たちもちゃんと、絢音に男として見られてるんだなあって」
心配性の悠太。お兄ちゃんの悠太。優しい悠太。面倒見の良い悠太。
でも今わたしの目に映る悠太はそのどれでもない。わたしの知らない、男の子の悠太。男の、悠太。

きっとずっとこのままで。いつかの願いはあっさりと、三日月の夜に墜落した。


120314 三日月キューピッド
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