思えば小さな頃からぜんぶ一緒だったのだ。幼稚園のお昼寝もお遊戯も、朝顔も向日葵もチューリップも。
4人の男の子の中に1人混じる女の子に、他の女の子たちはこう言った。何で絢音ちゃんはみんなみたいにおままごとしないの?おんなの子なのにかいじゅうごっこなんてへんなのー。すると4人の男の子たちは怪獣の人形を片付けてこう言うのだ。じゃあこんどは僕たちが絢音ちゃんとおままごとしてあげるよ。それならへんじゃないよね。あ、僕もおままごとしたいです!絢音よりしゅんがはりきってどうするんだよ。


「お…終わった…」
「はいお疲れさまでした」
日誌の上でへばるわたしの頭を悠太がポンポン撫でた。本当にちゃんと待っていてくれた悠太は本物の男前だ。泣ける。
「じゃあ職員室行こう」
「はい…ありがとうございました…」
「どういたしまして」

二人揃って教室を出ると、ランニング中の野球部の掛け声が、開いた窓から軽やかに風に乗ってきて廊下で弾けた。爽やかな汗を流す類いの部活動に縁の無い高校生活を送るわたしたちには、青い春をたっぷり詰め込んだそのBGMは少し重たい。普段は何とも思わないのに、そんな自分の毎日がひどく味気なく思えてしまうのだ。
春は青くなくとも、空は青い。同じ青なら今はそれで。他人任せなわたしたちはすぐに忘れてしまうのだから。

「あーお腹すいたー」
「帰りコンビニ寄ってく?」
「わたし何か奢るよ。待たせちゃったし」
「じゃあハーゲンダッツ」
「残念。予算は税込105円です」
「けち…」
「少しは遠慮ってものをしなさいよ」
「えー…」
こうやって悠太と二人で校内を歩くのは、ずいぶん久しぶりな気がする。クラスが同じだった去年は移動のたび悠太にくっついてまわっていたものだけれど。あの頃からまた悠太は背が伸びた。隣を見上げるわたしの首は角度を増すばかりだ。
「悠太また背伸びたね」
「そう?」
「うん、また離されちゃった」
「まあ男の子ですから」
「昔はわたしの方がおっきい時もあったのに」
わたしの訳のわからない意地の張り合いに、悠太はそうだね、と呆れるでもなく言ってゆるやかにわたしの頭を撫でた。
きっとそういう所から、わたしたちは変わっていく。たぶんもう増加は望めないわたしの身長とは違い、悠太はこれからもっと背が伸びて見た目も中身も大人の男になっていくのだ。悠太だけじゃなく、祐希も要も春も、今はわたしとあまり変わらない千鶴だって。
だからわたしは最近時々不安になる。彼らがそうなったときに、隣に居るのは果たしてわたしであるのだろうかと。そうでなかったときに、彼らのいないおままごとを知らないわたしは、彼らのいないその場所で上手くやっていけるだろうかと。
「絢音」
悠太が少し大きな声でわたしを呼んで腕を掴んだ。
「え?」
「階段。ぼーっとしてると危ないよ」
わたしの爪先は階段の一番上から大きくはみ出して置かれていた。慌てて一歩飛び退くと、悠太がわたしの腕を掴んだまま先導して階段を下り始めた。うちのお兄ちゃんは意外と心配性なのである。





「あっ、浅羽先輩だ」
「うそ、ラッキー学校残っててよかったー」
踊り場の下辺りから聞こえた会話にわたしは悠太の方を見たけれど、悠太は慣れているのかまったくの無反応だ。代わりに、わたしの中の臓器のどれかがまた少しきゅっと痛んだ。嘘だ、だってこんなの、まるで。抑えつけるように息を吸うと、痛みはすぐに消えてなくなった。
「…あらあら悠太くん、おモテになられるようで」
「…それはどうも」
この反応の薄さがモテる男の余裕ってやつに違いない。これが千鶴だったら今頃彼女たちの元へすっ飛んで行っているだろう。チャンスは逃さない男なのである。悪い意味で。
彼女たちのガールズトークは続く。悠太先輩ってほんとにかっこいいよねーなんか王子様って感じ。すごい優しいんだって!友達、部活の片付け手伝ってくれたって。ええまじで王子様じゃん!あれ、悠太先輩と一緒にいる人誰だろ?もしかして彼女とか?えーやだショック!
「……悠太、手…離して」
「だめ」
あ、あの人知ってる、祐希先輩と二人でいるとこ見たことあるよ。生徒会の塚原先輩ともいたし。じゃあ彼女じゃないのかな?さあどうだろ。えー!だって普通に仲良さそうじゃん。
「悠太ってば…!」
「……」
でも、祐希先輩とも塚原先輩ともあんな感じなんでしょ?あと二人、男の先輩ともよく一緒にいるよね。えーなにそれすごいね。

「悠太。もう大丈夫だから、手」
ようやくわたしが悠太の手を外すことができたのは、踊り場から階段を降りきった所だった。目を丸くしている彼女たちとは逆方向の職員室へ歩く。悠太はわたしの一歩後ろをゆっくり歩いている。窓の開けられた廊下には相変わらず野球部の掛け声が弾んでいた。

「俺は、別にいいと思うけど」
「え?」
「俺は、絢音が居たい場所に絢音が居たいように居ればいいと思うよ」
ひとりごとのような悠太の声が、ゆっくりとわたしを追い越してゆく。感情がなくて抑揚がなくて、でもなぜか、その声は陽だまりのようにあったかい。

「俺たちはいつでも絢音と一緒におままごとしてあげるから」
怪獣ごっこじゃなくてね。
振り向いた悠太が穏やかに笑う。わたしも笑おうとして不意に悠太の後ろの背景に気がついた。"俺たち"。

「ゆーたー」
「あー!ゆうたんと絢音おっせーぞー!」
「何で?先帰ってって…」
「いやー絢音がゆうたんと二人っきりなんて心配でさー」
「いやむしろ心配なのは絢音と二人っきりの悠太だけどね」
「どういう意味だコラ」
「つーかお前ら日誌にいつまでかかってんだよいい加減先帰るぞ」
「そう言いつつちゃんと待っててあげるんだよね要お母さんは」
「誰がお母さんだ誰が!」
「悠太くん絢音ちゃんお疲れさまでした」
「春も茉咲のお守りお疲れさま」
「お、お守りなんかしてもらってないもん!」
「おーおー顔真っ赤にしちゃって。可愛いねえ茉咲は」
「絢音は茉咲をいじめすぎ」
「愛だよ愛」

祐希、要、春、それに千鶴、茉咲。
昇降口でわたしたちを待っていたのはいつもの顔だった。悠太を見ると祐希にくっつかれながら、やっぱり穏やかに笑っている。絢音が居たい場所に絢音が居たいように居ればいいと思うよ。わたしも今度こそ笑う。

「あ?何だお前らまだ日誌出してなかったのかよ。とっとと提出してこい、帰るぞ」
「あ、うん!」
「ゆーたー」
「ちょっと、祐希重い」
「ほらゆうたんもはやく!」
「はいはい」
今度はわたしが悠太の手を引っ張って走り出す。わたしが居たい場所に、居たいように。

きっとこれからも、毎日はいつも以上にいつもらしく。そして時折思い出したかのように青春の匂いを運んではまた行き過ぎ。だってそうやって、わたしたちの今までは毎日になっていったのだから。だからきっとずっと、このままで。

「ねーコンビニ寄ってこー」
「おーいいねいいね」
「絢音が奢ってくれるそうですよ」
「ちょっ、悠太!」
「まじで?絢音太っ腹ー!」
「胸もそのくらいあればいいのにね」
「いやゆっきー、太っ腹ってそういう意味じゃ…」
「話聞け!わたしは貧乳じゃないし祐希たちに奢ったりもしません」
「いや前半の否定はおかしいでしょう」
「いい?奢るのは悠太と茉咲にだけです」
「なんで」
「わたしは小さくて可愛い女の子に目がなくて約束は守る女なの」
「前半のせいで後半が一気にうさんくさく…」
「はーいうるさいよー自腹組」


120219 わたしのたったひとつ
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