「ったく、祐希お前またブレザー着てきてねえな」
「えー大丈夫だよ今日あったかいから」
「お前の体調を心配して言ってんじゃねえ」
「やだ要に心配されちゃった」
「だからしてねえっつの!始業式くらいちゃんとしたかっこしろって言ってんだ」
「あ、口に桜入った」
「聞け!」
「まーまー、そう堅いこと言わずにさー要っちー」
「始業式にパーカー着てくるやつに諭されたくねえよ」
「いやいやほら、もはやパーカーは千鶴様のアイデンティティだし」
「千鶴のアイデンティティはその前髪で十分だよ、お腹いっぱい」
「んだとゆっきー!」
「ま、まあまあ…」
「そういえばゆうたんと絢音は?」
「あー、絢音が寝坊したから悠太が迎えに」
「あ、来ましたよ」
「おはよー!」
「おっせーぞ絢音ー!」
「ごめんごめん二度寝しちゃって」
「じゃあ、行きますか」
「あークラス発表緊張すんなー」
「お前だけ端のクラスに飛ばされろ」
「ひどい要っち!」





わたしたちの十八回目の春は、いつもと同じように満開の桜を連れてやってきて、わたしたちは始業式とクラス替えが待つ学校までの道を代わり映えもなくだらだらと列を作って歩く。いつもの春と違うのは、隣を歩く真ん中分けの幼馴染みと肩がぶつかるくらいの距離で当たり前のように繋がれる手。変わらないけれど確かに変わる繋がり。ふたりが「同じ」だということ。きっとそれくらいで。
「絢音、髪に花びらついてる」
「えー取って」
「やだ」
「なんで!」
「似合うよ」
なにやら顔が熱いわたしをよそに悠太が緩く笑った。わたしがこのお兄ちゃんに勝てないのは昔のままだ。
「…とか言って悠太、取るのめんどくさいだけでしょう」
「さすが絢音さん」
悠太と付き合い始めた頃から少し伸びた髪を空いている手で払うと、頭上の木から舞ったのかわたしの頭から滑り落ちたのか、薄桃色の花弁がはらりと地面に着地した。桜が敷き詰められた通学路の終わりに学校の正門が見えて、いよいよ新学期特有のあのふわふわとした高揚感がわたしたちを包み込む。


「…なんか俺らやたら見られてね?」
校門をくぐって数十歩も歩かないうちに、6人の大所帯の先頭を歩いていた千鶴が頭の後ろで手を組んで麦わら色の触角を揺らしながら振り返った。その青い瞳が、穂希高校の真新しい制服に身を包んだ、というより制服に包まれた新入生たちの姿を映す。
過ごした時間が良くも悪くも濃密すぎてたまに忘れてしまうけれど、千鶴と出会ってまだ1年も経っていないのだ。6人の春はこれが初めて。わたしたちには見慣れた新年度の始まりの光景に、千鶴が首を傾げるのも無理はない。
「そりゃ見てるからね、悠太と祐希を」
「ゆうたんとゆっきー?」
「悠太くんも祐希くんも、毎年新入生にモテモテなんですよ」
「二人とも顔だけはいいもんね、まあ二人ともっていうか同じ顔なんだけどさ」
「ちょっとちょっと顔だけって何ですか」
「へええ、すっげーな浅羽兄弟!」
「お前もめちゃめちゃ見られてるけどな、生活指導の先生に」
「ええ何それ全然嬉しくない!」
「始業式にパーカー着てるからだろ」
「俺も女子に見られたーいー」
今年も春が来たのだなあと、新年度の始まりも相変わらずうにゃうにゃしているいつものメンバーを最後尾から少しだけ感傷的に見ていると、わたしと繋がれた手が急に前進をやめたので引っ張られるように満開の桜の下でわたしは足を止める。
「悠太?」
「絢音は、もしあの夜絢音を送っていったのが祐希だったら祐希を好きに、なってた?」
「え?」
悠太はわたしの目を真っ直ぐに貫いて立っている。なのにその悠太の両眼はゆらゆらと不安定に揺れていた。わたしの目を見ているのに、わたしを見てはいないような。一際大きく吹いた風に煽られて、桜吹雪と砂ぼこりが一緒になって舞い上がった。薄ピンクとベージュのカーテンに遮られて、つないでいた手が離れてゆく。
「悠太、」
「…うん」
「もしかして、祐希にやきもち妬いてたの」
いつかのわたしみたいな顔をしている悠太は、渋々のように視線を下げて、そうです、と答えた。口元が緩んでしまうのを無理に真顔に戻そうとしたら、悠太がふてくされたようにわたしの頬を引っ張った。
「…というか、どこでやきもち妬いたの?」
思い返してもそれらしい心当たりは見当たらない。わたしが首を傾げると、いよいよ本格的に拗ね始めてしまった悠太くんは、さっき、とヒントにも何もならない返事を寄越した。
「さっき…」
「俺だって不安になるよ、…同じ顔なんだから」

『二人とも顔だけはいいもんね、まあ二人ともっていうか同じ顔なんだけど』

「絢音と手つなぐと、双子ってことが少し複雑になるよ」
「…悠太」
「うん」
「悠太と祐希はやっぱり同じ顔で、わたしは祐希のことも好きだけど、好きなところとか好きの種類とか大きさとかは、全然同じじゃないよ」
「…絢音、」
「うん」
「じゃあ、俺の"好き"はどんな好き?」
急に悠太が強気の姿勢になったので、今まで悠太に複雑な思いをさせていた自分を反省してみたりしていたわたしは、思わず半眼になってしまう。ぶつかった視線の先で、悠太の目はもうちっとも揺れてはいなかった。代わりに宿ったこの色を、わたしは知っている。ませた悪戯っ子の目だ。幼稚園の時には浅羽兄弟のこの目の餌食はいつも要とわたしだった。
「ゆうた、くん…?」
「ね。俺のは、どんな"好き"?」
明らかに悠太は面白がっていた。普段無表情の癖にこういう時だけさわやかに笑うのはやめてほしい。
「……ゆ、」
「ゆ?」
「…悠太と、同じ…"好き"…」
情けないけれどわたしの精一杯だ。色を含んだ"好き"だって恥ずかしいのにどうしてそれ以上が言えるだろう。デートの時と言い、なんて可愛くない彼女だと自分でも思う。だけど、悠太は呆れることも馬鹿にすることもしなかった。ただ、苦しくなるくらいに優しい笑顔でとても嬉しそうに、そうだね、と言う。
「そうだね、俺も絢音が好きだよ」
この春で、悠太と出会って14年目。まだまだわたしは悠太に敵わない。
いつかのように"多分"も"だと思う"も付いていないシンプルな言葉は、今までで一番わたしの顔を赤くした。
悠太が、またわたしの髪に着地した桜を摘んで笑う。季節は、紛うことなく、春だ。

新しい学年、新しいクラス。
新しい季節は否応なしに変化を連れてやってくる。
変わらないことを望んで、変わらないことを恨んだ去年は、変えることの苦しさを教えてくれた。その先にある未来の明るさも。
あの日悠太が言ったように、わたしたちは少しずつ確かに変わってきているけれど、「ふたりらしく」繋いだこの手の温度がいちばん大切なのは変わらない。
それはたぶん、小さな悠太と初めて手を繋いだあの日からずっと。


「せーので見ような!せーのな!せー」
「あー、俺3組」
「あ、ゆっきーてめー!せーのって言っただろうがー!」
「ほんとですか?僕も3組です!要くんたちは何組でしたか?」
「俺は4組。あ、悠太も同じだな」
「うん、ちなみに千鶴は3組だよ」
「ちょ!え!何で言うのゆうたん!」
「えーまた千鶴と同じクラスー…」
「あーやっとうるせえ二人から離れられるな…」
「あ、絢音ちゃんは何組ですか?」
「うわ、お前何にやにやしてんだよ気持ちわりい」
「絢音?何組だったの」
「うん!わたしはね――――」

君の隣ならどんな季節もいつだって色鮮やかにあたたかい。

120720 宇宙服と神様のしっぽ〆
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