古いアパートの2階に繋がる階段をぺたんこ靴でカンカン叩いて上がる。突き当りから2番目の部屋。合鍵を突っ込んでドアを開けると思った通り部屋の中は薄暗かった。外はもう太陽が真上にあるような時間だ。
「静雄ー」
部屋の主を呼んでも返事は無かった。けれど1Kの間取りである。探す手間はない。果たして奥の部屋に続くドアを開けると部屋の隅っこに敷かれた布団がこんもりと薄い山を作っていた。おまけに足先が片方布団から出て寒そうに丸まっている。静雄くらいのサイズになると並みの布団では収まりが悪いらしい。
枕元に回ると静雄は布団を顔の半分まで持ち上げてどうやら熟睡中のようだった。寒がりの猫みたいに身体をくの字に折って向こうを向いている。
さて、どうしてやろうかな。

とりあえず静雄が顔を向けている方へ移動してその寝顔を拝むことにした。金色の髪が枕に散らばっていつもは前髪で隠れているおでこが綺麗に見えている。お約束のデコピンをしてやると、静雄がぎゅっと目蓋に力を入れて反応した。それでも目を覚ますところまではいかなかったので、わたしはこの眠気をそそる薄暗さを改善しようとカーテンを開けるために立ちあがる。今日は良いお天気なのだ。働き者の太陽の恩恵を受けるがいい、寝ぼすけさんめ。
と、一矢報いてやろうとしたのだが。
「うぎゃ!」
「…その反応はどうかと思うぞ」
カーテンの隙間に手を掛けたところでわたしの足首を冷たいものが掴んだ。まあそれは布団から伸ばした静雄の手だったわけだけれど。呆れた声に振り返ると静雄はさっきの体勢のまま伸ばした手を引っ込めてまた夢の世界へフライアウェイしようとしている所だった。
「こらお待ち」
「……」
何という寝付きの良さだ。何だかしてやられた気分になって悔しかったので、その諸悪の根源であるあったか羽毛布団を剥いでやる。全身青い静雄が現れた。
「…ジャージかよ、しかも高校の時の」
胸元に「平和島」と縫い込まれたそれはわたしも見覚えがある。色気も何も無い。わたしと寝るときはいつもシャツ一枚羽織るだけなのに。
わたしの不健全な思考とは関係なく、時間差で寒さを感じたらしい静雄がますます丸まった。少しも肌を出したくないのか手の先までジャージの袖の窄まりに引っ込めている。けれど相変わらず寒そうな足元は何故か裾をまくっていて足先どころかくるぶしの辺りまで素肌である。
「静雄、何でまくってんの足」
「………背伸びた」
どうやら寒さに意識は覚めていたようでぼそっと答えが返ってきた。寝起きでいまいち言葉足らずな回答だったけれど、要するに高校時代からまた背が伸びてジャージの裾の長さが足りなくなったので仕方なく捲っているらしい。
「ねえ静雄、もうお昼だよ」
「つーか…何でいんだ」
「さっきトムさんに会ったら昨日静雄飲み過ぎて潰れてたって聞いたから」
「あー……やべそうだっけ」
「覚えてないの」
「……」
自分の失態に決まりが悪いのか静雄は押し黙ったままむくりと起き上がり、のそのそとわたしが追い剥ぎした掛け布団を取ってくると、その帰り道ついでのようにわたしの手を掴んで布団にもぐりこんだ。
「……あの、静雄さん?」
「んー……」
静雄はわたしを抱き枕のように後ろから抱えてまた意識を手放そうとしている。ちょっと待ってこのまま寝られたらわたし心臓パァンってなって死ぬ。
腕の中でわたわたしているわたしなどお構いなしに静雄は安定した寝息を立て始めた。髪と深い寝息が耳を掠めてわたしの体温は右肩上がりである。
「ちょっ…」
「お前あったけえのな」
寝ているとばかり思っていた静雄が急に喋り出すものだからわたしはビクリと身体を揺らしてしまう。誰のせいであったかいと思ってるんだか。
「起きてるなら言ってよ」
「あー…これいいな」
「聞け」
「今日休み」
「知ってるけど」
「たまにはこういう休みもいいだろ」
「…」
ジャージの腕がますますわたしと静雄を密着させる。なんとなく高校の屋上を思い出した。こうやって二人で、抜け出した体育の授業が終わるチャイムの音を遠くで聞いた。
「…そーだね」
部屋の隅っこばかり見える景色に飽きたので、くるりと寝返りを打って「平和島」の文字に顔を埋める。さっきカーテンを開けないでよかった。薄暗い部屋では恥ずかしい顔もきっと見られない。

「静雄ほんとに二日酔い?」
「まーな…」
「お酒の匂いしないよ」
「そうか?」
「どんだけ飲んだの」
「…ビール2杯半」
「すくな」
「うるせえ」
「……」
「……」
「…ねむい」
「寝ろ寝ろ」
「うん…起きたら何時かな」
「さあな」
「静雄」
「ん」
「次起きるまで一緒にいてね」
「わかってる」
「ん…おやすみ」

おやすみ、の代わりに静雄がわたしの髪をそっと撫でて、その心地良さにわたしはひとつ欠伸をした。


120207 睫毛の先の炭酸水
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