超天変地異が日常みたいなこの街の、冗談みたいな超人ばかりが集まった秘密結社に、僕が身を置いてもうすぐ三ヶ月が経とうとしている。この街の騒がしさは昨日今日にはじまったことではなく、その対処に引っ張り回されるのにも慣れっこになってしまった。けれど、そんな日常に一石を投じる出来事が、二週間前に起きた。
その日は、地下鉄車両が巨大異界生物と正面衝突してこっぱみじんになったくらいで特に大きな事件もなく、僕はクラウスさんとスティーブンさんがチェスに興じているのを、ソファに座って何とは無しに眺めていた。昼飯を食べ過ぎたせいですこしうつらうつらしていたかもしれない。とにかく、めずらしく平和な昼下がりだった。
ばたん、と乱暴に開いたドアの音に机の上で同じく食後の惰眠を貪っていたソニックがまず反応した。びくりと目を覚ますと、大きな瞳をきょろきょろさせながら僕の頭に登ってくる。彼をなだめながら振り向くと、予想通りというか、ぶち破る勢いでドアを開けたのはザップさんだった。相変わらず覇気のない顔をしている。
「ドアは壊すなよ、ザップ」
まず声をかけたのはスティーブンさんで、続いてクラウスさんがチェス盤から顔だけあげてのんびりとした声を出す。
「ザップ、その子は、どうしたのだね」
クラウスさんがあまりにのんびりと言うから異変に気がつくのがすこし遅れた。ザップさんは、バツが悪そうに頭をかいている。彼の隣には、お世辞にも綺麗とは呼べない格好をした、女の子が立っていた。

ザップさんが拾ってきたその女の子はまもなくライブラの保護下に置かれることになり、奇妙な共同生活は始まった。世話係に任命されたザップさんは、意外にもマシな働きを見せて、彼女をランブレッタの後ろに乗っけてスティーブンさんのおつかいをこなし、着の身着のままの彼女のために服や靴を見立てたり(お金はもちろん、ライブラからの支給だ。間違ってもザップさんのポケットマネーではない)、いつのまにか二人はちぐはぐなツーマンセルに落ち着いていた。
そうして二週間もすれば、彼女はすっかりライブラに馴染み、僕らも彼女がいる日常を当たり前に受け入れ始めていた。口数は少ないけれど良い子だし、彼女が一人でいるときに時折聞こえる鼻唄は今までライブラとは無縁だった心地の良いメロディーを奏でて、僕らはみんなそれに耳を傾けるのを気に入っていた。
ただ、僕がなんとも分からないのは、ゆいいつ、彼女とザップさんの関係なのだった。

「どうした、少年。難しい顔をして」
「スティーブンさん」
「悩み事か?」
「あ、いえ。アレ、なんですけど」

指差した先では、ソファで彼女が包帯と格闘しているところだった。隣にはザップさんが手持ち無沙汰顏で座っている。その頬には大きな湿布が貼られていた。
「なあ、俺もうヘーキだから」
「待って。もうちょっとでこの子と分かり合える」
「包帯と分かりあってどうすんだよ、ギルベルトさんでも目指してんのかオメエは」
「?違う。ザップの傷に巻くの」
「…わかってんだよんなこと」
「…できた…!」
「オーイ聞いてんのかお嬢ちゃん」

「ああ、ザップの奴、また引っ叩かれたんだってな」
「はあ。それは毎度なんでいいんすけど、なんというか、ザップさんが女の子に構われてるのって、めずらしいなあと思って」

記憶にあるのは女の人の尻を追っかけて返り討ちにあっているか、女の人の部屋に転がり込んでいるかしているザップさんで、少なくともライブラ内での認識は、金と女にだらしのないクズで満場一致しているので、彼が女性関係で良い目をみている姿というのは、違和感でしかない。ただ、その違和感をよりいっそうかきたてるのは、ザップさんが「良い目」をまるで良い目と思っていないことにある。

「んだと陰毛頭、聞こえてんぞコラ」
「ザップ。動かないで」
こっちに乗り出そうとするザップさんの腕を彼女が遠慮なく掴む。ザップさんはストン、とソファに逆戻りさせられた。おすわりを命じられた犬みたいで笑える。

「なんと言うか、あれだろ。普段爛れた女性関係しか持っていないから、いざ真正面からこられるとどうしたらいいかわからないんだろ」
「ちょ、スカーフェイスさん!!」
「へえ、意外と可愛いとこあるんすね」
「テメーは黙ってろレオ!」
彼女に腕を取られたままのザップさんは、首輪でつながれた狂犬よろしく、ぎゃんぎゃんと口だけで吠えた。噛みつくことしかしらない狂犬の遠吠えなど、何も怖くはない。僕は、ソファに陣取っている奇妙な凸凹ツーマンセルを遠慮なくじろじろと観察した。
スティーブンさんの分析はとても的を射ていて、さすがというほかはない。問題はどうしてそうなったか、だ。ザップさんは彼女を拾ってきたときのことをあまり詳しく説明したがらなかったし、彼女も語らなかった。僕を含め全員が、「なんとなく察している」状態だ。拾われて、なんやかやと世話を焼いてくれたザップさんに彼女が懐くのは当然とも言える。ただ、あのザップさんがそもそもなぜそこまでするのかというのは、彼女を拾った経緯にあると考えるべきだろう。…この際、義眼でザップさんの見た視界を強制的に共有させるか。いや、それはやっぱりどうも僕のポリシーに反する気がする。ちっぽけでしょうもないものだけど、ポリシーはポリシーだ。ちっぽけでしょうもないからこそ、守られるべきものでもある。
これ以上は考えてもしょうがない。彼女がライブラに馴染んだように、僕もいずれこの違和感に慣れるのだろう。それまでの我慢だ。

「ザップ。お腹すいた」
「さっき昼飯食ったろーが。よく食うなオマエ」
「コレのお礼、ごはんでいいよ」
「ざっけんな、オマエが勝手に大げさな包帯まで巻いたんだろーが」
「じゃあキスして」
「………ハア?!!」
「キスかごはん。どっち?」
「………飯」
「わーい」
「オマエなあ…はじめっからそれが目的かよ」
「?違うよ。ザップが怪我してるの、嫌だから」
「……あーそーですか」

慣れる…んだろうか。彼女がザップさんの頬に感謝のキスをして、満更でもないのか困っているのか複雑な顔をしているザップさんが、なだめすかすように彼女の肩をそっと抱くのを、僕はなんだかいたたまれない気持ちで眺めていた。
ああ、HL(ここ)は今日も平和だ。

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