この世のすべての真紅を集めたような深い赤色の花束を見て、宜野座は怪訝な顔をして、親父にか、と聞いた。まだ前の主の痕跡をぬぐい切れていない部屋では、彼の愛犬が頑丈そうな檻のなかで前足を枕代わりに居眠りをしている。

「智己さんは花束なんかよりお酒の方が喜ぶんじゃない」
「…まあな」
宜野座はやわらかく笑った。いっしょに涙でもこぼれ出やしないかと、ハッとするくらいに穏やかな笑顔だった。ゆるめた腕を組み直した宜野座が、わたしの腕のなかを顎で指す。
「それなら何だ、その花束は」
思わずクスリと笑いが漏れた。そうやって答えをすぐに欲しがるところは変わらない。腕いっぱいの深紅の塊を宜野座の方へ差し出す。俺は死んでない、と律儀な返事が返ってきてわたしはまた笑った。あんなことがあって、こんなことになって、それでも今わたしは笑っている。そう思うと、今度は少し涙が出た。自分でも忙しい身体だと思う。でもこのめまぐるしい感情の行き来が、それこそが、わたしがまだ、生きている証だ。

「ねえ宜野座」
「なんだ」
「わたしたち、間違ってなかったんだよね」
「……」
宜野座は答えをくれない。わかっていたけれど、今その沈黙は想像していたよりもずっと深くわたしの傷口を抉る。

先の事件で、わたしは同期二人を失った。一人は逃亡と殺人の罪を背負って行方をくらまし、もう一人は愚直ながらも刑事で在ることを選んだ結果、執行官に降格した。そしてわたしは、のうのうと今も監視官であり続けている。

「わからない」
「……宜野座」
「俺にはまだわからない。あのとき俺は、ああするしかなかったんだ」
「………」
「お前だって、そうだろ」
優しく笑う宜野座は、わたしから真紅の花束を受け取って、無機質な左腕でそっと抱いた。涙が、出そうだ。わたしはこの頃、すこし泣き虫になった。

「宜野座」
「ん?」
「簡単に死んだら、許さないから」
「ああ、わかってる」

わたしは決めた。宜野座があの頃ひたむきに信じていたものが確かに希望だったことを、これからわたしは、わたしを生きて、証明する。
だから宜野座も、あのとき選んだ道が間違っていなかったことを、その失った左手で、証明してほしい。
そうすれば、今もあの頃も、わたしたちはちゃんと真っ直ぐ、立っていられる。

「わたし、宜野座が好きだった」
「……それも、よく知ってる」

滲んでしまう視界のなかで、宜野座が真っ赤な花束に顔をうずめるのが見えた。照れ隠しに目を伏せる癖は治っていない。やっぱり、花束を赤色にしてよかった。血のように深く濃い赤の向こうに見える宜野座は、とても、とても、美しかった。

だからこそどうしても、決別しなければならなかったのだ。わたしはわたしのこの心と。宜野座とわたしは、もう同じ道を歩めない。同じ希望をつかめない。けれど、いつか隠れて交わした唇の熱を、ぎこちなく抱かれる左手の温度を、わたしはきっといつまでも覚えている。いつまでも、しがみつく。

だから、死者を墓石の下へ納めて花を手向けるように、報われることのなくなった二人の心の最期に、せめて鮮やかな弔いの花束を。
わたしたちがいつか、名前のないあの怪物に喰い尽くされる日まで、その赤は、決して枯れない。


「貴方を愛したことが、わたしの希望になる」



パラライズド(20141110)
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