長い息をついた靖友がわたしの上からおりてごそごそと後始末をしているのを、わたしは彼に好き勝手に剥かれていじくられた格好そのままで見ていた。お臍の裏がずんと重くてからだを起こすのもだるい。靖友とのセックスは、この瞬間がちゃんと不恰好だから好きだ。もともと自分を飾ることをしない男ではあるけれど、事後まで終始完璧なセックスでは息が詰まる。それよりもわたしは、本能に忠実に腰を打っていた彼が、獣から人間にもどるゆるやかな変化を見ている方が好きだった。
熱が引いてきたので掛け布団を胸の上まで引っ張りあげていると、靖友の手が不穏な動きをしていたので枕元にあったクッションを投げつけてやる。
「って!ァんだヨ」
「ここわたしの部屋なんだけど。ホテルじゃなくて」
「知ってンヨんなこた」
「じゃあそれ、その辺に捨てたりしないよね」
「ハァ?」
「な ま ご み」
「…へいへい」
靖友が頭の後ろに手をやりながらベッドから降りる。そのままキッチンの方へ歩いていくので、今度はその辺に脱ぎ散らかった衣服のなかから探し当てた奴のボクサーパンツをその背中に投げつけてやった。靖友は器用に後ろ足で受け止めて、けれども手に拾い直しただけで一向に身につける気配がない。ペダル式のゴミ箱を乱暴に足で開けて、薄い膜に阻まれた彼の種がその奈落に落ちていく。生産しないセックスの終わりはずいぶん呆気ないものだとぼんやりした頭が思った。
薄暗い部屋が橙色の淡い光に裂かれる。靖友が冷蔵庫を開けたらしい。荒呼吸と声の上げすぎで水分を失った喉奥はからからに渇いていたけれど、立ち上がろうとすれば靖友の無茶に付き合わされた腰と背中がぎしぎしと軋んだ。そうして仕方なく顔を枕に戻し、うつ伏せになって油の切れた上半身をなだめすかしているうちに体の底からせりあがるような眠気がやってくる。自分の体が何倍にも重たくなって、ベッドシーツの白い海にしんしんと沈み込んでゆき、やがて今度は深海のような闇のなか、眠りの入り口がゆらゆらと手を招く。
けれどもその心地よい眠りの底から唐突にわたしを引っ張り上げる不届き者がいた。冷えすぎたペットボトルがわたしの裸の背中から転げ落ちる。枕から顔を上げると靖友が床から拾い上げたペットボトルをこっちへずい、と差し出した。相変わらずなにも身につけていない体は、薄闇の中でもきゅっと引き締まって美しい。女のわたしよりも綺麗な体なんて、嫌な男だ。
「喉枯れンぞ」
「うん…ありがと」
「つーか、俺も寝るからァちょっとつめろ」
「ええー」
「ええーじゃねえヨ バァカ」
うつ伏せのまま動きたがらないわたしの頭に軽いチョップを入れて、靖友がわたしを体ごとごろんと向こうへ転がす。そうしてひっくり返ったわたしの分だけ空いた隙間に靖友が潜り込んできた。ひとけの無いシーツがつめたい。温さを求めてすぐさまその綺麗な体にしがみつくと、回ってきた靖友の手がわたしの頭のうしろを適当に撫でた。
サイドボードに置き去りにされたペットボトルに手を伸ばして不安定な体勢で喉を潤す。喉へ落ちずに、つーっと垂れた水が一筋、くちびるの端を通ってぴりぴりと肌が泣いた。指で触れるとかすかに熱を持っている。となりの靖友をじろりと横目で見れば、噛み癖の常習犯は知らん振りで大きなあくびをひとつしていた。
「靖友」
「ンー?」
「また噛んだでしょ」
靖友はそこではじめてわたしのくちびるに残る噛み跡に気がついたというように眉をあげてそこに触れる。トントン と親指で撫でて、それからニヤリと笑った。
「いー化粧じゃねえのォ」
「…ばっかじゃないの」
「へいへい そらァ悪かったヨ」
靖友が笑いながら顔を近づけてくる。この男はどうすればわたしが許してしまうかを知り尽くしているようだから、それが悔しいわたしは精一杯の虚勢を張って ぷい、と顔を背けてやった。けれども靖友はにやにや笑うのをやめない。しなやかな腕をまわしてわたしを陥落させようと企てている。ちょうどわたしの胸の上に乗っかっている二の腕は、ジャージの袖の跡がくっきりと日焼けになっていた。白い方の肌をたどれば、レース中、ジャージのジッパーを上げ下げするせいなのだろう、手足のそれよりいくらかはゆるやかに引かれた境界が、胸元から首を焦がしている。そして、その曖昧にふちどられた素肌のあちこちにはレースでつくったばかりの擦り傷や切り傷。だから、靖友の身体は、そのまるごと全部が自転車レースでできているのだと、彼の裸をみるたびわたしは思うのだ。
ぼうっとその肩口の傷跡を見ていると、あくびをしていた靖友がおざなりなキスを寄越してくる。いつのまにか背中の後ろへ回っていた腕がわたしを抱きこめていたずらに首や腰を撫でていた。靖友がキスの合間にもうひとつあくびをする。眠いのなら眠ればいいのにと思いながらそれでも唇をあけて彼を迎え入れてしまうわたしは、たぶん後戻りのできないところまで来ているのだ。悪びれもせず傷跡に噛みつく靖友にもうずっと恋をしている。

「ねー靖友」
「ンー」
ひとしきり噛みつかれたあと、半分夢のなかで交わす言葉がすきだ。唇に残る熱と、ベッドのなかで絡み合ったふたりぶんの足がシーツに沈む感覚と、耳のすぐうえで聞こえる自分のものではない呼吸の音が、ぜんぶ一緒くたになって頭のなかでゆらゆらと揺れている。そうして、そういうもののずっと上の方で、靖友の声がいつもより柔らかく鳴ってゆっくりと落ちてくる。
「ねむい」
「ハ?寝ろヨ」
「そうだね」
「…おっまえは相変わらずイミワカンネーな」

靖友の言葉にわらったのが、夢と現実どちらだったのか、それを考えるうちにいよいよ眠りの底がちかくなる。そうして意識を手放す間際、へたくそな甘い甘い口付けがおやすみの代わりに降ってきて、そのあまりのへたくそぶりにわたしはいつも涙が出るほど彼を愛おしく思って眠るのだ。


六等星の訃報
(140313)

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