ぱたぱたと騒がしく雨の鳴る夜、シャワーを借りて部屋へ戻ると棗がベランダの窓際で床に片膝を立てて座り煙草を吸っていた。窓硝子越しに目が合うとブロンズの髪が俯いて、まだ長い煙草を灰皿に押し付けようとするので、手のひらを軽く振ってそれを止める。
「いいよ、吸ってて」
「けどお前、風呂上がりだろ」
「いいの、棗が煙草吸ってるところ結構好き」
「ふーん、結構、な」
指の間に煙草を挟んだ手のひらを頭のほうへやりながら、棗が変なところに突っ掛かる。首を傾げてやると、ため息といっしょに白い煙が吐き出された。仕事着のスーツから上着とネクタイを外しただけの格好の棗は、ワイシャツの袖を肘の下までまくりあげている。わたしは彼のベッドに腰掛けて、なかなか水分の飛ばない長い髪をタオルで抑えつけながら、棗から吐き出される細い紫煙とその横顔を目で追っていた。疲れのせいかいつもより少しゆるやかな目つきがこっちを見る。
「ん?なんだじっと見て」
「結構、じゃないかも」
「はあ?」
「わりと、好きかも」
棗は一瞬ぽかんとしてそれからすぐに、どこが違うんだ・と呆れた顔で笑った。口を開けば見た目よりも子どもっぽい棗は、煙草をふくむ時だけはぐっと大人びていた。そのくせ普段よりもずっとよく笑うから、わたしは彼との歳の差をあらためて目の当たりにする。歳の差と言って、5つも6つも離れているわけではないのだけれど、学生と社会人との間には実際には歳の差以上の壁があって、彼が煙草を吸うとき、わたしはそれを強く感じるのだ。
「おい、どうした?」
「…なんでもなーい」
わざと子どもっぽく答えると、棗は短くなった煙草を灰皿に押し付けて、まだ煙っている煙草を灰皿ごと外のベランダに出してからひょいひょいと手招きをした。わたしは頭にタオルを乗せたまま、その手に誘われて棗の両膝の間に座る。後ろからしなやかな筋肉のついた腕が回ってきて、彼の纏う煙草の苦い香りが鼻をついた。
棗がタオルを除けてまだすこし湿っているわたしの髪に頬を寄せる。わたしの耳元で短い息をついた棗はここのところ忙しい日が続いていたようでいつもより疲労の色が濃い。けれども、苦々しい煙草の匂いとわたしを捕える腕の力強さは、その疲労の影すら艶やかな色気に変えて棗を見せる。その色に中てられてわたしが身動きできないでいると、耳の上の生え際に髪の毛ごとくちづけられて今度は力が抜けてしまった。ずるずると棗のほうへもたれかかると、待っていたと言わんばかりに首から上のあちこちにくちびるを寄せられて、果てには離れるたびその薄いくちびるが恥ずかしい音を立てるようになるものだから、棗が回していた腕に力を込めてくれなければ、わたしは床に伏せてしまっていただろう。それでも棗はちいさな声で、足りない・と呟いた通り満足することはなくて、わたしの髪に顔をくっつけたまま離れなかった。
はじめは、拗ねていたわたしがよしよし・と棗になだめられているようでもあったのに、いまはわたしが棗に甘えられているみたいで、これだからわたしたちはきっと今まで、あるはずの歳の差を前に上手くやってこられたのだと思う。どちらかだけがいつも大人ではなく、どちらかだけがいつも年下なのでもなく。それはとても、居心地が良い。

「なつめ」
「ん?」
「煙草って美味しいの」
「さあ…別に美味いと思って吸ってるわけじゃないけど」
「ふうん」
「でもお前は吸うなよ」
「自分は吸うのに、説得力無いよ」
「俺はいいの」
「なんで」
「お前、わりと好きなんだろ」
「…うん、わりと好き」
「わりと、なあ」

棗がまた髪の毛にくちづけて、いつもより熱い声でわらった。ベランダの煙草はすこしだけ強さを増した雨に消されて、そのいとおしい苦味はようやくつながった棗のくちびるからわたしの内側へじわりと直に流し込まれる。
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