僕は絢音がうらやましいよ。兵舎の屋根裏でひざをかかえて三角座りをしているベルトルトが上をみながらそう言うから、つられてわたしも目線をあげる。妙な形に切り取られた濃紺の夜空がわたしたちを見下ろしていた。昼間の訓練中に、立体機動装置の操縦をあやまった訓練兵が飛び込んでつくった穴だ。そこから覗く小さな空は、壁に囲われた人類が見る空の広さと、たいして変わらないような気がした。

「うらやましい?」
「うん。絢音がうらやましい」
ベルトルトはもう一度そう言った。ひとことずつ、言葉を飲み込むようにして喋るのは彼の癖で、彼に名前を呼ばれるたび、その薄いくちびるに喰われてしまう心地がした。そこに何があるのか、不恰好な屋根の穴を熱心に見上げるベルトルトの横顔をチラリと盗み見て、巨人に喰われるくらいなら、ベルトルトに食べられてしまう方がずっといい、と思う。
「ちっともわからない」
「うん?なにが?」
「ベルトルトの考えることが」
「よく言われるよ」
ベルトルトがクスリと笑う。その声や喋り方だけを聞いていると、彼が190センチを超える体格であるとはとても思えなかった。
「だってそうでしょう」
わたしはベルトルトを真似てひざを折りながら言った。ふたりして縮こまった座り方をしてちいさなちいさな空を眺めていることがなんだかとても可笑しい。
「わたしがベルトルトより上手くできることなんて、何もないもの」
「うーん、そういうことでもないんだよね」
ベルトルトはすこし考える風に首を傾げて、上手く言えないや・と笑った。訓練兵の誰よりも背の高い彼が、どうしてそんなふうに笑えるのか、やっぱりわたしにはちっともわからない。
頭の上の風穴から夜の冷えた空気が流れ込んできて首をすくめる。寒い・というよりも、寝巻きの隙間から素肌を撫ぜる感触がくすぐったかったからだったのだけれど、ベルトルトはわたしの顔をのぞきこんで、大丈夫?と聞いた。
「もう戻ろうか」
「ううん、平気」
ベルトルトは、なおも眉を下げてわたしの顔を見ていたけれど、おもむろに視線を外すと自分の頭の上を指差してみせた。ちいさな夜空をちいさく切り取る穴がある。
「僕のところからだと、月が綺麗に見えるよ」
さっきから彼が熱心に見上げる先には月があったらしい。やわらかく微笑むベルトルトに、他の光源を反射して輝くという月は、とてもよく似合った。
ベルトルトが三角座りを解いて手招きするので、わたしはその大きな体にそうっと寄っていった。首を反らせば、ぽっかり空いた夜空の穴に、まあるい月がぽつんと浮かんでいる。黄金とは言い難い色だけれど、月のようなベルトルトが言うのだからきっと美しいのだろう。

ベルトルトはまた三角座りに落ち着いていた。さっきとちがうのはその両ひざの間にわたしが挟まっていることだ。すっぽりおさめて満足気にまた空を見ている。ちいさなちいさな夜空。人類に許されたちいさな夜空。
「ねえベルトルト」
「うん」
「もし、巨人を絶滅させられたらさ」
「………うん」
「もっと大きい空と月を見られるんだよね」
「……そうだね」
「そうなったら、いいね」
ベルトルトは答えなかった。代わりにわたしの首の後ろに顔を埋めて、ひざを抱える腕を強く引き寄せる。それから、絢音、とわたしを呼んだ。ベルトルトの薄いくちびるに、わたしは喰われる。そこから漏れるほそい息がわたしのうなじを撫でたから、ベルトルトはたぶんなにかを呟いたのだ。ほそいほそい彼の声が、わたしにはこう聞こえた。

「僕は絢音がうらやましいよ」

くすんだ月明かりが差し込む屋根裏で、彼はしずかにわたしを喰らう。
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