しずかな夜だ。弔いの月明かりは人類が出した犠牲に対してあまりに薄弱で、もはや何者からも見放されたらしいわたしたちの進むべき道を照らしてはくれない。絶望と悲哀だけが滲むこの夜を、死んだ仲間の断末魔を背負い生産性を殺した行為で明かすわたしたちは、彼らに何と言って後ろ指を差されるべきなのだろう。

「リヴァイ」
「……」
「リヴァイってば」
「うるせえな聞こえてる」
「返事をしないのは死体だけでいいよ」
「てめえは死体とやる趣味でもあったのか」
「そうなら今頃わたしはリヴァイじゃなくてあいつらと寝てる」
「…」
「あんたは死なないもの」
返事をしないリヴァイはひときわ深く腰を押し付けてから、堪えるような長い息をついた。そうやって、もう幾度も彼の種はわたしのなかで、けれどわたしに息づくことなく薄い膜に阻まれて、死んでいく。
いまわたしに圧し掛かるこの男は、人類最強でもなければ特別班の兵長でもなく、巨人への憎しみより後悔のほうをただ引きずるひとりの人間なのだ。リヴァイがわたしを抱くとき、彼はいつもただの人間であった。
「リヴァイ、いま何考えてる?」
「その無駄に回る口はどう黙らせるのがいいか策を練ってる」
「…嘘ばっかり」

リヴァイはまた黙りこくると、いちど腰を引いてからわたしをひっくり返してその顔を見えなくしてしまった。わたしは硬い寝床に顔を埋めて体温だけで彼を探す。
「リヴァイ?」
「黙ってろ」
わたしの腰に跨がったリヴァイがシャツを脱ぐ気配がする。わたしたちはいつだってほとんどの服を身につけたまま繋がって、リヴァイが気紛れに服の隙間から撫でるわたしの肌のほかに、晒されるものはなにも無かった。そのやり方を望んだのはわたしのほうであったけれど、潔癖症の彼にとってもそれは都合の良い交わり方のはずだったから。
「ちょ、っと、リヴァイ…」
「学習しねえな・お前は」
起こそうとした上体を押さえ付けられ、そのままするりと頭からシャツを抜き取られる。ボタンがいくつか飛んだがリヴァイは気にする風もなかった。
適当に巻きつけたサラシ代りの麻布が背中から噛みちぎられて、はらりと左右に分かれて寝台に落ちる。締められていた胸の塊が重力に従ってこぼれ落ちていく。抜き取られる布が胸の先をこすって上擦る声がベッドの隙間に吸い込まれていった。
そうやって、リヴァイの手ですべて剥かれた兵士としてのわたしの鎧は、その下に隠れていたわたしの大義を露わにする。左肩のすこし下、歯列のかたちに削がれた肉のへこみはケロイドになって盛り上がり、この傷を護ろうとした部下はわたしの代わりに巨人に喰われて死んでいった。5年前、今でも夢に見るあの壁外調査。こんな風に、仲間が死んだ夜は特に鮮やかに。
リヴァイが身体を前に倒したので、隔てるものがなにもなくなった彼の胸板とわたしの背中はぴたりと吸いつくように合わさった。もう何度も体を繋げているのに、こんな風にリヴァイを肌だけで感じるのは初めてで、想像したよりも高い体温に濡らされた背中はますます鋭敏に彼を感じ取って震える。しずかな息づかいを左の肩に感じて、それからすぐに醜く残る傷跡にリヴァイのくちびるが触れた。その体温からは信じられないほど冷たいくちびるの隙間から同じように冷たい舌が肉の盛り上がりを絡めて舐めとる。ぞわりと内側から迫り上がる内臓器官がまざまざと思い起こさせるのは、あのくすぶる絶望感。
「リヴァイ、やめ…」
「悪いが今日はお前の頼みを聞いてやる余裕がねえ」
「…そうみたい、ね」
だって今日みたいな夜は。部下が・仲間が・名も知らぬ新兵が、死体も残さず断末魔だけを生者の耳に置き去って消えるのを、互いに一個班の班長という立場だけを理由に見捨てる決断を、ただひたすらに繰り返した日の夜は。ねむたいセックスで誤魔化せるものなど、なにもない。
「というか、あんたがベッドの上でわたしの頼みを聞いてくれた覚えがないんだけど」
「っとに減らねえ口だな」
こちらは不機嫌な口しか叩けないリヴァイが、ぶつくさ言いながらわたしの腰を上げさせる。いい加減シーツの皺を数えるのは飽きたのに、たしかに今のリヴァイはわたしの頼みを聞く気がないようだった。
後ろへ首をひねっても、うつむいているその黒髪しか見ることが叶わず、それに気づいたリヴァイが面倒そうに舌を打って、上半身を乗り出しふたたびわたしの傷跡にくちびるを寄せる。つめたい舌で湿らされる古傷に不快感と快感とが入り混じって、寝台についた肘ががくりと外れた。前のめりにうずまる上体のせいで、うねる腰が高く上がりひときわ深く繋がって、彼のすべてを締め付ける。

もつれて絡まり、しずんで落ちて、弾けて果てる。

苦しくて気持ち良いのがたまらなくうつくしく残酷で、ああ・彼らの命の上にわたしたちは生かされたのだと、こぼれる涙は泣けないリヴァイのものと、二人分。
この夜が明ければリヴァイは兵士長に、わたしは小さな班の班長にもどるのだ。肩口の古傷は隊服の下に隠されて、またつぎの夜を待つ。

めずらしく後戯に熱心なリヴァイがくちづけをせっつくのでとびきり甘いのを返したら、すべて受け止めて飲み込んだくせに思いきり顔をしかめられた。

そしてまた、絶望の朝が昇る。

130606 錆付くだけの心臓
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