立体機動装置のガスが切れた。わたしはもう跳べない。無茶に振り回した刃はとっくになまくらになっていた。わたしはもう戦えない。がくりと地面についたひざが笑っている。わたしはもう 生きられない。

半分崩れた塔の裏からひょい・と顔をのぞかせた巨人は、どこを見ているのかわからない目をしてしばらくそこを動かなかった。おそらく奇行種なのだろう、すぐにはわたしを喰おうとはしない。そのせいで、動けないわたしはその巨人とすこしのあいだまるで寄り添うようにして沈黙していなければならなかった。ちかい瞬間にわたしが放り込まれるだろうその口はわたしの頭の真上にある。
彼だか彼女だかよくわからないそれが、つぎに動くときがわたしの最期。結局わたしたちは死ぬまで生き残るしか他はなく、わたしがこれまで生き残ったのは今このときにあれに喰われるためだった。それでも人類の究極の負け戦は、わたしが死のうと誰が死のうと変わらず続く。

やがてそれが周りの空気を割りそうな程に咆哮し、そのときはやってきたかのように思われた。閉じた視界は、引き裂かれるおのれの身を予感する。
「…おい」
「……」
「おい、っつってんだろうが」
目つきと柄の悪さが声にまでにじみ出るひとを、わたしはひとりしか知らない。小柄なその影の下でわたしを喰うはずだった奇行種は、目玉にそれぞれ十文字の斬り込みを入れられてのけぞりながら吼えていた。
「リヴァイ…へいちょ、う?」
「他の誰かに見えるってんなら医者を呼ぶが」
「いえ、兵長の目つきにしか」
「ひとを目つきで判断してんじゃねえよ」
「兵長でしかできません」
「…おまえどうやらこの状況がわかってねえらしいな」
兵長はますます目つきを鋭くしてわたしを見下ろした。例の奇行種はまだ目をおさえてもんどり打っている。回復するまでのあと数分はあのままだろう。
不自然なほどの沈黙を遮ってカシャン・と音をたてたのは目の前に放り投げられたむき出しの刃だった。見上げるよりも先に声が降ってくる。

「それはおまえにくれてやる。奴はすぐに視力を取り戻す」
「……」
「お前を班にいれたのは俺の責任だ。だからせめて選ばせてやる」
「なにを、ですか」
「てめえで死ぬか、あいつに喰われるか、」
「…わたしにはおなじことです」
「なら、あいつを殺るか」
「……」
「好きなやり方でくたばれ」
兵長はニコリともせずに、けれどたしかに笑ったようにわたしには見えた。死ぬ間際の・願望のあらわれってやつだろうか。兵長に笑いかけられたいと、わたしはどこかで思っていたのか。
「兵長、」
「なんだ」
「わたしって馬鹿ですね」
「今更だな」
「ですかね」
短い会話の終わりを告げるように、奇行種がゆらりと巨体を揺らしてわたしを視界に捉えた。転がったままの刃に手を伸ばす。立体機動装置はガス欠で、ボロボロのからだは重力に耐えるので精一杯。リヴァイ兵長はやっぱりニコリともしないで、そんなわたしを見下ろしている。握りしめた刃はつめたい。

この銀色で、この喉を掻き切ればわたしの負け戦はここで終わり、あれのうなじを削げば先延ばし。そのどちらもできなければ時間切れを待つばかり。
兵長のくれた選択肢どおり、わたしの無い頭で描けるわたしの未来はそれくらいだ。どれを選んだってしあわせになんかなれやしないだろうけど、それならせめて、わたしの最期に兵長が笑っている未来を、わたしは選びたいんだ。

130529 宙吊りの楽園
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