※訓練兵時代

「お前はいいかげん起きろ」
「うえっ」
過酷を極める訓練のその貴重な休憩時間、地面に大の字になってぴくりとも動けないわたしのお腹のあたりに何かが投げられて、圧迫された内臓が変な声を出した。仕方なく上半身だけを起こすと、たぷたぷと水を湛えたボトルがころんと体から落ちる。ぼけっとしていると、機嫌の悪そうな目で隣にしゃがみこんでいたジャンにわりと強い力で頭をはたかれた。
「え、ありがとう…?」
「はたかれて礼言ってんじゃねえよ気持ちわりいな」
「そうじゃなくて、お水」
「…休憩あけたらペア訓練の続きだろうが、へばられたままじゃ俺が困るんだよ」
「そうでした」
二人ひと組での討伐訓練。立体機動装置の扱いでは同期の中でも抜きん出ているジャンのおかげでわたしたちの討伐成績は討伐補佐も合わせればわりと上位をおさめていた。
「お前さあ」
ジャンがめずらしく持って回った言い方で口を開いたので、ふくんでいた水を喉のほうへ押し込んでわたしは彼のつぎの言葉を待つ。色素の薄いジャンの髪が陽光を反射してきらきらとまぶしい。
「なんで俺と組んでんだよ」
「そう言われても」
「お前は調査兵団志望なんだろ、だったら同じ奴らと組んだ方がいいだろうが」
ジャンは憲兵団志望。入団式のとき、強面の教官に叩きつけた彼の取り繕うことのない志望動機をわたしは忘れていない。
「だからだよ」
「はあ?」
「兵士になれても、わたしはジャンと一緒に戦えないから、せめて訓練でだけでもそれを叶えたいの」
「…」
「かもね」
「かもねってお前…」
わけがわからない・と言いたげにジャンが眉をひそめる。わたしだってじぶんのことがすべてわかるわけじゃない。だけど、この先にきっと待っているいつかのために、わたしはジャンの戦い方を知っておかなければならないと、どこかでそんな気がするのだ。

「でもできればわたしはジャンの班で戦いたいなあ」
「物好きだなおまえは」
「ジャンは優しいから、きっとわたしをちゃんと殺してくれるもの」
「それが優しいのか?」
「優しいよ、わたしは囮でも巨人のえさでもなく兵士のまま死にたいから」
わたしが言うとジャンはしずかに息を詰めた。内地で生き残るために憲兵団を志願すると言うだけあって、ジャンはわたしよりずっと生きることに執着が強い。それはじぶんの生だけでなく、こうやって死ぬことを想定するのが癖みたいなわたしのことで傷つくことができるほどに。
「だとしても、それをやれんのは俺じゃねえよ」
「わたしはそれがジャンだったらいいなって思うよ」
ジャンが何か言う前に、教官が短い休憩の終わりを告げる声がした。伸びをしながら立ち上がると、ジャンの硬い手のひらに頭をがしりと掴まれる。その手がそのまま二・三回端から端を往復して、どうやら彼はわたしを撫でているつもりらしかった。
「ジャン?」
「行くぞ、今日こそ狩猟民族どもを出し抜いてやらねえとな」
眉をさげてわらうジャンは、やっぱり優しいのだ。彼のためなら例えみっともなくでも生き残ってみようかと思えるくらいには、わたしは彼に絆されている。
先を歩くジャンを追いかけて、背中を掴む。ジャンは止まらなかったけど、すこしだけ歩く速度がゆるやかになった。その背中に隠れるようにだらしなく緩んだ顔を押し付けて、わたしは生きることについてすこし考えてみることにする。
「ねえ・ジャン、今のもっかいやって」
「はあ?やらねえよ」

.
.

訪れた分かれ道の日・震える拳を心臓に置き、背中に自由の翼を背負うことを決めた二十幾人のそのなかで、色素の薄い不機嫌な目つきは言葉を失うわたしを見て、眉をさげて優しく笑んだのだ。

130531 祈りの徒花
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