一係の宜野座が宿直の夜には、刑事課フロアはいつも静かになる。一係の執行官たちは彼に人払いされて、みな宿舎か訓練室に引っ込んでいたし、そんな宜野座に進んで首を突っ込みたがる者は他のどの係の監視官や執行官にも居なかったから、彼はいつも一係の捜査室でひとりで夜を明かすのだ。けれどもそれこそが、わたしと宜野座の関係をこのように結ぶ結果になったのだと、わたしは勝手に思っているのだった。実際のところ、彼がどうしてそれを受け入れたか、あるいはそもそも受け入れているのかすら、わたしは知りもしないのだが。

宜野座のデスクは好き放題散らかった執行官たちのデスクが並ぶその奥に在る。彼らしく無駄なものが一切排除されたデスク。わたしはそこに腰掛けるのが好きだった。整然と支配された物たちの中でわたしがただひとつ彼の支配し損ねたものであるようで。宜野座は良い顔をしなかったけれど、やめさせようともしなかった。
「ねえ宜野座」
「何だ」
宜野座は液晶とタブレットから目を離さぬままおざなりに返事を寄越した。わたしは首を反らしてそのうつくしい横顔を眺める。首筋で切りそろえられた襟足とは反対にゆるりと長い前髪は銀縁の眼鏡と共に、彼の冷たいうつくしさをいっそう際立たせた。そして同時に、むせかえるような性の匂いも一際強く。
異性にしろ同性にしろ、彼に対し欠片も劣情を抱かない人間というのは何にせよただの冷感症か不能であると思う。宜野座の纏う生々しい色香に、わたしは彼に近づくたびいつも息が出来なくなる。
「おい」
一際不機嫌な声色がわたしを呼ぶ。散らばっていた焦点を合わせると行儀の悪い格好のわたしを見上げる宜野座と視線がぶつかった。
「何?」
「声を掛けたのはお前の方だろう」
「そうだった?」
わざととぼけてみせると宜野座の眉が神経質そうにピクリと動いた。この次にはきっと、口角だけを上げた薄い笑いが彼お得意の冷たい皮肉と一緒に飛んでくる。
「わざわざ他の係までやってきて人間観察をするほど二係の監視官は暇なのか」
「まさか」
満足気に笑えば、宜野座の眉間はいっそう深く皺を刻んだ。その首元に手を伸ばして、きっちりと締められたネクタイに指を掛ける。わずかな衣擦れの音を残して、シルクの首輪は拘束をほんの少し緩めた。一拍置いて、詰めていた息を飲み下したその喉仏が大きく上下する。痺れにも似た感覚が背中の内側をゾクリと這った。
「ただの暇つぶしよ」
「…暇なら二係で大人しくしていろ」
「暇じゃないわよ、暇つぶしに忙しいの」
「屁理屈を言うな」
そう言って溜息をつく宜野座は、けれどもう落ちたも同然だ。ネクタイに掛けている指に少し力を込めて鼻先がつく程に顔を寄せれば、不機嫌そうに結ばれた唇がわたしの名前をこぼして呼吸を犯す。吸い上げられた上唇を舌で舐められて臍の裏がぐずぐずと融けるように疼いた。

何事にもストイックが過ぎるように見られがちな宜野座が、実際のところ禁欲であるのはその職務についてのみだった。殊 道徳や倫理の関するところについては欠陥と言って良いほどに寛容で、善悪の判断をすることを初めから放棄している節さえある。それでいて色相は安定してクリアカラーなのだからまさに宜野座伸元はシビュラに愛されているとしか言いようがなかった。

わたしが体の力の抜けたところで宜野座が立ち上がったので上下の空間関係はあっというまに逆転して、なけなしの主導権は彼に奪われる。再び寄せられた唇は、歯列をこじあけて侵入する舌を伴って、まるでキスだけでわたしを絶頂へ追い詰めようとするように。熱心に犯される口の中は、宜野座とわたしの舌が擦れ合っていやらしい熱を持った。腰かけたデスクの上でタブレットやマグカップが宜野座によって端に寄せられる音がする。横目でそれを追っているとおもむろに唇を離されて ふ、と息が漏れた。けれど次の息をつく暇もなく腰に宜野座の手が回ってきてそっちに意識をやっている間に僅かな浮遊感と共に景色が半転する。
「趣向変え?」
「…ただの暇つぶしだ」
表情の無い声でわたしの台詞を繰り返す宜野座は膝の上に向い合わせにわたしを乗せて、さっきまでわたしが座っていた自分のデスクに浅く腰かけている。腰に回された手で支えられているものの、どうにも不安定な体勢のせいでわたしは不格好な女座りのように両膝を開いて宜野座の太腿の両側に立てなければならなかった。タイトなスカートが腿の上までずり上がる。宜野座は特に構う様子もなくわたしの首筋に顔を埋めていた。ざらりとした粘膜が頸動脈をなぞるように這うのを感じながら、宜野座の首に回した手で彼の鴉色の髪を指で梳く。かたちの良い後頭部とボリュームのある細い毛束を撫で回せば、宜野座は鬱陶しそうに頭を振った。このうつくしい男は自分の外観を愛でられるのをひどく嫌うのだ。
宜野座が顔を動かすたびその長い前髪が一緒になってわたしの肌をくすぐる。高度を下げる宜野座の舌はやがて鎖骨の窪みにひたりと降下し、薄い皮膚を吸い上げて赤い痣を残した。大して執着もないだろうに、宜野座はこうして時折気まぐれに所有の印をわたしに刻む。首や胸元、手首。見える場所にも見えない場所にも。
だからわたしもそうしてやるのだ。首や胸元、手首。見える場所にも見えない場所にも、宜野座の嫌いな真っ赤な口紅をべたりとつけて。

うなじに真っ赤な唇の痕をつけられた宜野座が眉をしかめて自分のネクタイに指を掛けた。あっさりと解かれた黒の帯は彼の手を離れわたしの腿を撫ぜながら落下してゆく。飽きもせず唇を寄せてくる宜野座の頭を抱き込むとデスクの端に追いやられた端末画面が目に入った。
『犯罪係数とその遺伝的資質の関係性』
結局のところ、彼が目の仇にしている潜在犯を、最も恐れているのもまた宜野座自身なのだ。
青白い光を放つ画面から目を反らせば宜野座の冷たい指が彼の上で開いたわたしの腿の内側を黒いネクタイと同じようにおざなりに撫でた。ああ、なんてうつくしい男だろう。

121203 無罪と紛い物
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