今日は泊っていけ、という銀時の言葉に甘えて万事屋でお風呂を済ませると、銀時はリビングのソファに座ってぼんやりしていた。テーブルの上にはケーキのお皿や折り紙で作った輪っかの残骸が散らかり放題だ。とりあえず片づけなきゃなあ、と濡れた髪を拭きながら考える。神楽ちゃんは新八くんのお家に泊りに行ってしまったので、今万事屋にはぼけっとしている銀時となんとなくそれを見ているわたししか居ない。さっきまでの喧騒に耳が慣れてしまっていて、静かな万事屋というのはそれでなかなか奇妙なものだった。それは銀時も同じなのだろう、風呂上がりのわたしを見留めて、おー、と意味もなく声を出す。
「お風呂ありがとね」
「おー」
「銀時も入れば?」
「あー、そうだな、んじゃ行ってくら」
銀時がお風呂場に消えれば、万事屋は再び不慣れな無音の空間へ変わった。テーブルやリビングのあちこちに残っているそれらは、少し前まで確かに喧騒の中で祝福を飾り立てていたのに、主役の居ない今のこの部屋ではその名残すら寧ろ滑稽な程に浮いて見えた。祝われることに慣れていない銀時はどんな顔をしたら良いか分からないと云う様に、いつも以上に無愛想なそれだったけれど嬉しくないはずが無いのだ。自分がこの世に生まれ落ちた日を、家族や大切な人たちに祝って貰えることが。何回目とも知れぬその日を生きて確かに迎えられることが。「生きていく」わたしたちが歩いた道中で、それは決して当たり前のことではなかったから。嗚呼わたしは死ぬのかと、何度も思った。生きていたいと、何度も思った。死ぬなと、願った。生きていることに、涙した。決して楽しい日々ではなかったけれど、だからこそ。生きていけることに、感謝した。わたしたちはそうやって、いつだって一緒に歩いてきたから。

「お前、髪乾かさねーと風邪引くぞ」
「銀時…上がるの早くない?」
「んなこたねーよ、ああ心配すんな、ちゃんと洗うとこは洗ってるぜ、銀さんのむす」
「うるさい黙れ死ねハゲ天パ」
「おま、誕生日に死ねはないんじゃねーの」
「じゃあ、うるさい黙れハゲ天パ」
「ダメージ的にはあんま変わんねえんだけど…」
へなり、とソファに腰を下ろした銀時がさめざめと泣く振りをした。無視をしてテーブルの上の洗いものを流しに運んでおく。リビングに戻れば、泣き真似を止めた銀時がソファの自分の隣をぽん、と叩いた。座れ、と云うことらしい。どうにも喋る手間を省く奴だ。大人しく腰を落とせば銀時はわたしの首に掛かっていたタオルを取り上げてわたしの頭に被せた。そのままわたしの頭をタオルで包みがしがしと往復させる銀時は、どうもわたしの髪を乾かそうとしてくれているらしかった。髪を乾かして貰う、という行為はどうにもくすぐったくて照れ隠しに頭を捩ってみると、ひょいと持ち上げられ銀時の両足の間に挟まれる形で固定されてしまった。わたしの前で銀時の両足がクロスする。ジェットコースターの安全バーみたいだ。なんていうかこう、もう逃げられないぞ、みたいな。
「銀時、」
「んー?」
「誕生日の日くらい、素直に喜んだっていいんだよ」
「…何を」
「生きてることを」
「……」
銀時の手が止まった。髪をくすぐる感触に慣れてきた頭は失ったそれを求めて名残惜しく。けれどそれも一瞬。一呼吸の後にはまた同じように大きな手がわしわしとわたしの頭を無愛想にかき回す。その手つきは、もはや乾かすと云う行為を成していなくて。それでもわたしは戯れに自分の髪を撫でる銀時の手にのびやかな心地良さを感じていた。
「…俺はいつでも楽しんでるよ」
「なら、いいけど」
本当は知っている。ときどき銀時が、護りきれずにその手を滑り落ちた過去たちを思って虚ろな目をしていることを。沢山の犠牲の上に生き延びた自分を、どこかで恨めしく思っていることを。だけど違うのだ。同じように生き延びた、いや生き延びてしまったわたしには分かる。生き延びたからこそ、生き延びてしまったからこそ、わたしたちはこの両手に握りしめた明日を喜ばなければならない。
思う存分生きて。生かされるのではなく、生きて。この両の足で、しっかりと地を、踏みしめて。

「銀時」
「ん?」
「生きててくれて、ありがとう」
「…生まれてきてくれてありがとう、だろーが普通」
「ううん、いいの」
わたしたちはそれでいいから。銀時がわたしの髪を撫でる手を離す。催促するように振り向くと、銀時の顔が下りてきてわたしの唇を塞いだ。待っていたかのようなタイミングにわたしは上手く反応できず、銀時の器用な舌は好き勝手に口内を駆ける。ふたつみっつと息を継ぐ間にわたしはくるりと体勢を変えて銀時と向き合った。もっともっとと欲しがるわたしを甘やかすように銀時は甘ったるいキスをくれる。それは飽きもせず、溺れるほどに甘い。濡れた唇がわたしの名前を紡いだ。ああ、愛おしい。わたしを呼ぶその声も、首筋に散る吐息も、わたしに触れるその指も、手も、脚も、銀時のぜんぶが、愛おしい。

「絢音」
「ん?」
「ありがとな」
「…うん」

好き、も、愛してる、も、そんな綺麗な言葉はいらない。一緒に生きて行く明日が、わたしたちの何よりの証。

101010 錆付く樹海で息をする

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