つぷり、牙が抜かれる感覚に続いて、フィンの舌が肌を這うのがわかった。出血もじくじくとした痛みもなくなり、血を失った体のだるさだけが残る。倒れかけた俺を優しく抱き留めて、耳元で口を開いた。ああ、また、あの質問をされる。

「ジャン……吸血鬼に、なるのは嫌ですか?」

今日は質問内容が違った。俺はそれに首を振って、でも続けてされた吸血鬼になるかという問いにはは頷かない。ずっと言われ続けて、一カ月は経っただろうか。俺は未だに怖がって、問題を解決できていない。
フィンは悲しそうな顔をして、それでも笑顔で一緒にいるのが嫌なのかと問うてくる。大慌てで首を振って、力の入らない手でフィンの服を掴んだ。

「フィン、ちがう、俺も一緒にいたい。でも、でも」
「でも……?」
「……っ!」

その先の言葉を紡げない俺を落ち着かせるようにフィンが背を撫でてくれる。優しさに、迷ってしまう。その先を言ってしまおうか。でも、言って、怒らせたら、どうしよう。

「大丈夫ですから、言ってください」
「……ぁ、こ、こわい、んだ」

しぼりだした言葉に、フィンの身体が少しかたまる。そのまま、震えた声で「吸血鬼に、なるのがですか……?」と問われ、言い方が悪かったのを認識。違う、違うと首を振って、ゆっくりと、ぶつぎりでしか言葉を言えない自分に歯がゆさを感じながら、それでも口を動かし続ける。

「吸血鬼になって、一緒にいて、それで、フィンが俺を、す、きじゃなくなったら、ど、しよって。それが、こわい、こわいの」
「……?」
「だって、母さんも父さんも、愛し合ってたのに、好きじゃ、なくなって、別の人好きになって、俺のこと、見なくなって、どっか、いっちゃって、吸血鬼になったら、死ねない、ずっと、辛いの続く。そんなの、やだ、耐えられない、こわい」
「……なるほど。ありがとう、ジャン。話してくれて」

じわじわ涙が膜をはっていたのが、その言葉に決壊する。フィンの服を濡らしている俺の顔を持ち上げて、涙を吸いとったフィンは、そのまま申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「ごめんなさい、最初から、言っておくべきでしたね……ああ、ジャン、首を振らないで。本当に、悪いのは僕なんですから」

ぽんぽんと頭をなでながら、もう一度謝罪の言葉をもらし、フィンは困ったように微笑んだ。

「ジャン、僕たち吸血鬼はね、一生で一人の人しか愛せないんです。人のように、愛が覚めることもない……だから、君が吸血鬼になった後に僕を好きになるようにがんばろうと思ってたんです。万が一他の人を好きになっても、『親』が僕なら、あまりやりたくはないけれど服従させることもできますしね。……ごめんなさい、僕がずるいせいで、ジャンを怖がらせてしまった」
「……?」

フィンが話してくれたことに理解が追いつかなくて首を傾げる俺に、フィンは苦笑しながら話つづける。

「人間は、一生が短いでしょう? 数もたくさんいる。ずーっと独りでいる怖さを知らない……だから多感なんでしょうね。僕たちは下手をしたら死ぬこともないまま、ずっと独りですから……一人だけを愛して、一生共にいるんです。そういう種族なんですよ」
「……嫌いにならない、のか?」
「ええ、絶対に」

にっこりと笑って、あちこちにキスしてくるフィンをおしやる元気もない。よかった、と思いながら抱き着いて、息をはいた。

「まだ不安なこと、ありますか? この際だから全部言ってしまってください」
「……あの、さ。俺が吸血鬼になったら、フィンのご飯ってどうなるの? 吸血鬼からは血を吸えないんだろ? ……俺以外の人間から、吸うのか?」
「……あー、そのことは、ですね。その、怒らないでくださいね?」

その言葉にフィンから顔を離して、顔を見上げる。俺から目を逸らしたまま、フィンが気まずそうに語る。

「血を、吸わなくてもいいんです……本当は」
「………………は?」
「血は人で言うタバコのような嗜好品で……実際は精気を糧にしているので、そうですね……木をまるまる1本枯らせば十年は生きれます」
「……それ、ほんと?」
「はい……すいません、言わなくて。でも、言ったらジャンをここに引き留めておく理由がなくなっちゃうじゃないですか」

ぎゅうぎゅうと俺を抱きしめながらフィンが何度も謝罪する。悩んでいたのが馬鹿みたいだ。小さくため息を吐いて、俺からもフィンの背に腕を回した。

「フィン」
「はい?」

吸血鬼に、なってもいいよ。そういって笑えば、久しぶりに満面の笑みをうかべたフィンを見ることができた。

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