「くらえ!必殺☆スーパーなまえ・ソニックウェーブ!」

「…いでっ」


朝一に背中にべしっという鈍い衝撃をくらった。何事かと思い振り返るとなまえ先輩はいつもと変わらずすました顔で立っていた。僕は一瞬そんな先輩を睨むように見つめてから「おはようございます、先輩」と付け足した。

「うんおはよ。朝からいいもの見ちゃった」

「いいもの?何ですか?」

「レギュの人間らしいとこ。さすがのレギュも不意をつかれると、いでっなんて言うんだね」

「ええ…まあ…人間ですから」


わざと人間、というところを強調した。すると先輩は表情ひとつ変えずに僕の横を通り過ぎて行った。きっとそのまま朝食に向かったんだろう。僕は少し考えてその数メートル後ろを歩きだした。


地下から地上に出れば、朝日が僕らを出迎える。キラキラと先輩が照らされて風にくすぐられた髪がなびく。そんな姿を後ろから見ていると、途端にやるせない気持ちが僕を襲う。朝日に目を細め、手を透かせて眩しそうに微笑む先輩。ああ止めてくれ、そんな表情をしないでくれ。僕の心は悲鳴を上げる。今にも走り出したかった。その衝動をどうにか堪えて、強く自分の手を握る。
目をつむると思い出す、昨日の…



「いや別にね、スネイプがエンバスさんに振られればいいとかは思ってないんだよ。ただね、ちょっとでいいから私を見てほしいなあとは思うよ。スネイプの眼中にはエンバスさん以外みんなシジミくらいにしか写ってないんだもん。きっとルシウス先輩なんてダンゴムシにしか見えてないよあはは!…うん、わかってるよスネイプはそんなに酷いやつじゃないよね。でもね、きっとそのくらいスネイプのエンバスさんに対する気持ちは違うと思うんだ。ちょっと悔しいな」



談話室の端っこのソファーで体育座りをしながらなまえ先輩は笑いながらもどこか遠くを見ながらそう言った。
僕の知る限りなまえ先輩という人は馬鹿で単純でお人よしで不器用な人だ。よく食べて甘いものが好き、爬虫類や両生類は嫌いだからヤモリを使う魔法薬学の授業では全部パートナーに任せるらしい。そんな先輩が入学当初から引っ付いているのが偶然にもスネイプ先輩であったわけで、偶然にもその魔法薬学で毎回パートナーになっているのがスネイプ先輩なわけで、おっちょこちょいで無鉄砲な先輩にいつも手を焼いているのがスネイプ先輩なわけで、なんだかんだいつもなまえ先輩に構っているのがスネイプ先輩なわけで、そんなスネイプ先輩を好きななまえ先輩なのだ。


「でもこの気持ちを言葉にする日なんて、きっと一生こないと思う」

「どうしてですか?」

「私の気持ちを知ったスネイプが離れてしまうなら、今のままでいいんだ」

「スネイプ先輩は、そんな人じゃないんじゃないですか」

「…そうだね」


そのまま顔を自分の膝に沈めてしまった先輩はそれきっり何も言わなくなってしまった。僕は寝てしまったんだと思った。
なまえ先輩のスネイプ先輩に対する気持ちは強い。叶わないからこそ、強い。それがよくわかる。僕もなまえ先輩が好きだから。この恋も同じように、叶わないのだから。
そっとなまえ先輩の髪を撫でた。思ってた以上に柔らかく、ふわりと撫でれば甘い香りがした。切なくて、涙が出そうだった。

「僕はどこにも行かないのに。先輩が、こんなに好きなのに」


すると撫でていた頭がむくり、と上がった。


「…レ、ギュ?」


先輩は寝ていなかった。僕は反射的に自分の手を引っ込めた。とても驚いた。二人の間に流れる空気、沈黙。思わず先輩は僕から目を離す。だけどもう後戻りなんてできない。


「うそ、そんな…いきなり…」

「いきなりじゃない。ずっと好きでした。先輩がスネイプ先輩を思っていると知っていても、僕は先輩が好きでした」

「だって、レギュは全然そんな…」

「僕だって、人間なんです。叶わない恋だとわかっていたから、何もできなかった…」

じっと先輩を見つめる。そしてまた、その髪に手を伸ばす。


「ごめん…」


触れる間近で先輩は立ち上がり、部屋へ走り去って行った。
残された僕と、そんな僕を照らす暖炉の光。後悔が押し寄せる。だが気づいてほしかったのも事実だ。側にずっと先輩を思っている人間がいることに気づいてほしかった。

そして翌朝、昨日のことで全く眠れなかった僕に、朝一で話し掛けてきたのが、いつもと変わらないなまえ先輩だった。正直安心した。もう今までのようにはいかないと思っていたのだから。

だけど今、改めて見る先輩の姿は実に切ないものだ。なまえ先輩の気持ち、スネイプ先輩の気持ち、そして僕の気持ちをすべてわかってしまった僕らが今までのままでいれるわけがない。ナイフで刺されたように心は痛む。それでもなまえ先輩は精一杯僕を気遣って、今までと変わらない表情で、仕種で僕に接してくれた。だからこそわからない、僕はいったいどうすればいいんだ…



「レギュラス?」

優しい声に導かれ、目を開ける。

「どうしたの?」


ああ先輩、あなたは何て人なんだ。

「無かったことになんて、僕にはできません…」

「え?」


先輩の気持ちはうれしかった、だけど僕はわかったんだ。



「なまえ先輩、やっぱり僕はっ」


僕らの間はたくさんの人がいて、思いがある。だけど今さらそんなものを気にして何になる。なまえ先輩がスネイプ先輩に叶わない恋をしていようと、僕のこの恋も叶わないと、わかっている。だけどそこから何か変えようとしなければ、何も変わらない。自分で動かさなければいけないと、今ならわかったんだ。




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