「…う、」
目が覚めると白いカーテンが緩やかに揺れているのが見える。まだ少し、頭が重い。何だかだるくて体が熱いなー、と思ったらどうやら熱があったらしい。友達に引っ張られて医務室へ来ると、マダム・ポンフリーは手早く私をベッドへ寝かしつけた。まだ寝足りない。もう一眠りしよう、もう今日の授業はいいや。
そう思って寝返りをうったときだった。
「おい」
そんな唐突な言葉と同時に現れた、見覚えのない顔。
「………は?」
「目が覚めたか?」
見ず知らずの男子生徒が腕を組んで私を見下ろしている。え、もしかして…変態?
「え、誰?」
「ふん。マダム・ポンフリーから伝言だ。起きたらこれを飲め」
そう言って男子生徒はまたも唐突に液体の入ったゴブレットを渡してきた。どうしよう…怪しい、すごく怪しい…。わあ睨まれた!まあいいや、これ夢かもしれないし。飲んでもう一回寝よう。
ごくり、と一口飲んだけど普通に薬の味がする。別に毒薬とかじゃなさそうだ。
「お前、純血か?」
またも唐突に男子生徒が言った。
「いや、違いますけど」
「そうか、」と言った男子生徒の表情はなぜか少し悲しそうだった。
翌日。体調が戻ったのでいつもと変わらず朝食へ向かった。途中梟が窓に引っ掛かっていたので助けていたら友達に置いていかれた。親切なのかなんなのかわからない友達だ。
「おい」
どこかで聞いたことある声に呼び止められた。え、何だよこっちは腹減ってるんだよ。振り返ると昨日の変態男子生徒がいた。いや別に何もされていないんだけどね。
「体はもういいのか」
「はあ、お陰様で」
「…そうか」
何でこの人に心配されているんだろう?全然見ず知らずの人なのに。とりあえず今は朝ご飯が食べたい。
「お前、私の名前を知っているか?」
また唐突に聞いてきた。やっぱりちょっと変わった人だな。
「いえ、知りませんけど…」
「そうか、」と言った男子生徒の表情はまた少し悲しそうだった。え、何でそんな表情するんだろう?だって本当のことなのに。ほとんど初対面ですよ私達。
「ルシウス・マルフォイだ。スリザリンの監督生で首席だ。マルフォイ家の次期当主だ」
そう言って男子生徒は行ってしまった。スリザリンだって!どうしてスリザリンの監督生さんが私なんかに声をかけるんだろう?本当変な人だな。
それから数日後。
ちょっとした休暇が終わったある日だった。友達は家族で旅行に行ったらしくお土産を貰った。「可愛いサイのぬいぐるみだね!」って言ったら「それコアラよ」って言われた。あれれ?
「おい」
何だか久しぶりに聞いたきがする声。やっぱり聞き覚えがある。
「あ、えっと…る、るし…」
「ルシウス・マルフォイだ。スリザリンの監督生で首席だ。マルフォイ家の次期当主だ」
「………」
そこまでは聞いていない。
「休暇、どこかへ行ったか?」
「…いや、別に」
だから何でそんなこと聞くんだろう?一体何が狙いなんだ!
「ふん。土産だ」
「えー…」
小さな袋には外国のチョコがたくさん詰まっていた。うわあおいしそう!
「家族で旅行に行ったんだ」
「へ、へえ」
まあこれは有り難いから貰っておこう。
「お前、玉の輿とか興味あるか?」
出たよ毎度お馴染み唐突すぎる質問!
「いや、別に」
「そうか、」とこれもお馴染みになった少し悲しそうな表情。なんかこの表情見ると、やり切れないんだよね…。
「その…」
「何だ」
「お金とかより、優しい人がいいです」
「そ、そうか」
何でそんなこと言ったのかわからないけど、そう言ったら監督生さんは少し明るい表情になった。よかったよかった。
…よかった?いや!別に私に関係ないし!
本当にこの人は何なんだろう?
それからまた数日後。
私は魔法薬学の補習に引っ掛かり、それを終えて寮へと帰るところだった。授業中居眠りをしていたのが先生にばれた。友達はそんな私を起こしてはくれなかった。まだあのサイのぬいぐるみのことを怒ってるみたい。どうしよう…今度あのスリザリンの監督生さんから貰ったチョコをあげて機嫌をとってみようかな?あのチョコは中々おいしかった!あ、しまった。あまりにおいしかったのでもう全て自分で食べてしまったんだった。…どうしよう。
そんなことを考えていた帰り道。ふと辺りを見回すと誰もいない。薄暗い廊下、仄かに光るランタン、どこかで鳴いている梟、不気味だ。これで見回りしているどこかの寮の怖い監督生にでも遭遇したら最悪だぞ!
「おい!そこにいるのは誰だ?」
「ひいっ!」
噂をすれば監督生登場だようひゃー!どうか見逃してください!…ん?でもこの声はどこかで聞いたことあるような…
「ん?お前は…」
「あ、あなたは」
スリザリンの監督生さん、マルフォイさんだった。他のスリザリンの監督生さんだったら何か目くらしをして一目散に逃げるところだったが、まあ一応顔見知りだし一安心。
「ここで何をしている?」
「ほ、補習の帰りなんです」
「そうか」
ああでもスリザリンはスリザリンだ!いくら顔見知りでもここは減点されてしまうんだろうか?
「ちょうど見回りの最中だ。お前の寮の近くまで行く予定だから、送ってやろう」
「…え?」
減点を覚悟した瞬間、マルフォイさんはそう言った。そして歩き出してしまうもんだから私はその少し後ろを追い掛けるようにして歩いた。二つの足音が人気のない静かな廊下に響く。
ふと渡り廊下の空を見上げると、夜空には美しく光るいくつもの星がある。思わず立ち止まり、「きれい」と呟いてしまった。
すると少し前を歩いていたマルフォイさんも立ち止まった。
「星か」
「あ。あれ龍座だ。あんなにはっきり見えたの初めて…きっとα星と地球の距離が今近くなっているから…」
「…わかるのか?」
マルフォイさんは不思議そうに言った。
「…一応、天文学は好きなんです。まあ成績は奮わないけど。でも他のに比べたらましかな」
「ふ、そうか」
マルフォイさんは少し笑った。
「あのα星が地球に接近している時は神秘の力が増幅されていると言われる。古代神話では…」
「あの、」
「何だ?」
「いや、天文学詳しいんですね」
「当たり前だ。私はスリザリンの監督生で…」
そこまで言ってマルフォイさんは何も言わなくなった。そしてまた空を見上げて「きれいだな」と呟いた。そう言ったマルフォイさんのアイスブルーの瞳とプラチナの髪がきらきら輝いていて、なんだかかっこいいな、と思ってしまった。
「着きましたね」
「ああ、」
結局マルフォイさんは寮の前まで送ってくれた。そして「それじゃあ」と言って歩き出した。
「あ、の!マ…ルシウスさん!」
初めて名前を呼んだ。そんな自分にも驚いたが、当の彼はもっと驚いた表情をして振り返った。
「ルシウスさん…あの、ありがとうございました。その、ルシウスさんってちょっと変わってるけど、優しいんですね!」
「変わっ!…お前が優しい人がいいって…」
「え?」
「な、何でもない!私はもう行く。お前も寮に入れ」
彼はそっけなくそう言った。そしてまた歩きだした背中を見送った。
その軽やかなスキップのような足音を聞くと、なぜか微笑ましくて笑えた。
ルシウスさんは、どうやら不器用らしい。
あなたが焦がれる未来にわたしが在ればなんてそんなの夢物語なんでしょうか
そうやって少しずつ
大人になればいいんだよ