数日前、俺は自分の心臓を取られた。だけど死んでなどいない。いつもと変わらない生活を送っていて自分でも少し不思議な気分だ。変わったことと言えば少し体が軽くなってあとやけに眠気を感じるくらいだろうか。
クタクタになった体を引っ張る意識はもう寝室に一直線。階段を上がろうとしたらいきなり通り過ぎたリビングの扉が「バンッ!」と開いてなまえが飛び出してきた。どうせ呑気に「おかえりー」とでも言って土産を迫られるのだと思ったけどそんな一瞬の思考回路は力強く突進され壁に頭を強打した瞬間煙りのように消えた。そのままその煙りのように消えそうな意識をなんとか持ちこたえて今の状況を把握しようと頭を回す。四つん這いになって俺を押し倒しているなまえは少し伸びた前髪で目は見えないけど口元は緩く、緩く弧を描いている。もう体力も限界な俺はそんな彼女の腕を振りほどき立ち上がる力もなくなってしまった。


「なあ、俺今そーいう気分じゃないんだけど」
「そーいう気分って何?」
「いやだから、ヤるってこと」
「何それ?そーいうことは人間がヤることだよ馬鹿みたい」
「うんそうだな。だけど俺たちも人間だぞ」
「だから馬鹿なんだ」


彼女が言っていることはよくわからないけどなんだか眠気は少しなくなった気がする。だけどそれは彼女が俺の上に乗っているせいで太ももを潰されているからその痛みのせいなんじゃないだろうか。てゆうかキャラじゃないし普通位置逆なんじゃないのか。そのへんちゃんと考えてくれよへいはにぃ。
すると彼女は「もふっ」という効果音をたてて俺の胸に顔を埋めた。そこが落ち着くっていつも言っていた。ここからシリウスのにおいがするんだって言っていた。だからある日彼女はそこから俺の心臓を取ってしまった。そう俺の心臓を取ったのは紛れも無くなまえだった。


「シリウス生きてないね」
「俺は生きてるよ。なまえが俺の心臓取ったんだろ」
「うんそんな気がする」
「俺の心臓返せよ」
「いやだよ。ねえどうしてかな、昨日運命が変わった人がいて、その人が羨ましかった」

彼女の頭を撫でる。耳も撫でる。その耳にいくつか空いているピアスホール。なんだか数が増えていた。


「だからピアスまた開けたのか」
「私の運命も変えたいの。でもきっと明日には元通りだよ」
「きっと変わるよ」
「そうかな。私はずっと一緒なのにね。私は私だけど細胞は毎日変わって私じゃなくなってるよ」
「じゃあ新しいなまえだよ」
「シリウス眠らないで。眠ったらあなたは私の知らない人になっちゃうよ。私のことも忘れちゃうよ」
「忘れないよ、だから寝させて」
「記憶だってこれは本物じゃないんだよ。塗りかえられながらコピーされているんだよ。だから今の私を見てよ」
「寝させて。心臓も返して」
「いやだよ」


いつからか彼女は泣いている。俺のワイシャツで涙を拭っている。俺は俺で自分の腕を目に乗せて流れてくる涙を止めた。すごく無駄なことだ誰から教わったんだろう泣くことなんて。そしていつ気がついたんだろう涙は止めなくちゃいけないものなんて。こんなこときっと無駄なことなんだ。


「私がシリウスの、ふたつめの心臓だよ」
「いやだよなまえ」
「でもきっといつかシリウスの心臓はまた無くなっちゃうよ」
「何でそんなこと言うんだよ」
「でも大丈夫。そしたらシリウスは宇宙に帰って、もうずっとそのままのシリウスだから。記憶も塗り変えたりしない」
「でも俺は、それなら今の方がいいよ」
「どうして?人間だから?」
「なまえがいるからだよ」


彼女に触ったけど感覚がない。ああそれはきっと、眠いからなんだろう?涙がひとしきり流れたから今度こそ俺は眠れる。朝が来たら返してもらおう、俺の心臓を。






あなたの心臓に咲いた

馬鹿だな、俺は忘れないのに





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