毎日私の朝はお兄ちゃんみたいな後輩の一言で始まる。…お兄ちゃんで後輩、とってもおかしな話だ。



「なまえ先輩時間です」

「んー……」

「起きろこの野郎」

「ほげー!」



ガバッという音ともに体を走る寒さを感じる、それもつかの間腹部辺りに鈍い痛みが走る。こいつ…蹴ったな!仮にも先輩、しかも女子だぞ!くそう…これで不妊症とかになったら責任とらせてやる…
と、無言の訴えも虚しく相変わらずべしべしと私を叩くのはレギュラス。彼は近所に住んでいる幼なじみだ。(あ、ちなみに彼のお兄ちゃんはシリウスって言うよ!)


「っていい加減止めてよ!」

「だって先輩が起きないから」

「もっとソフトに扱ってよ!あたし絶対いつか朝目覚めようとして永遠の眠りにつくと思う」

「まあそれはそれです」

「いいのかよ!」

「てか先輩。ひとついいですか」

「な、何改まっちゃって」

「リアル遅刻します」

「早く言えー!」



あらあらレギュラス君いつもありがとうね、とか呑気なマイマザーに、いえいつものことですから、とか爽やかにあいさつしているレギュラスを横目にトーストにかじりつく。レギュラスはレギュラスで洗面台からドライヤーを持ち出して私の寝癖を直す。「今日はポニーテールでいいですか?」「お願いします」…これが毎度お馴染みなのだ。レギュラスは本当にお兄ちゃんみたいで(これを言ったら「こんな手のかかる妹はいりませんシッシッ」とか言われるけど)私はそんなレギュラスのことが実は本当に

「先輩今日一時間目何ですか?」

「英語です」

「英語英語…先輩机汚すぎるんですけど。何ですかこのプリントの山」

「………」

ムカつく!…けど、大好きなのだ。











「ほら早く乗って。はいこれお弁当です」

「うむ」

「ああもうそんなに足開かないで!公然わいせつ罪になります」

「し、失礼な!ちゃんと黒パン履いてるし!ほら!」

「別に見せなくていいですよそんなもの」

「そんなもの!?」

「ほら行きますよ」

「わ、ちょっと!レギュラス速い!」

「遅刻ギリギリですから」


レギュラスの自転車の後ろに跨がり一気に車輪が速度を上げる。景色は瞬く間に変わり風を切る音、吹き付ける音に包まれる。彼の細い体からどうやったらこんな力が出るのか不思議でならない。目の前には、いつの間にこんなに大きくなったのだろう?レギュラスの背中がある。まさか自分がこの背中を追い掛けるようになるとは思わなかった。いつの間にか身長も(多分)体重も抜かされて、昔からおとなしかったけれどそれは歳を重ねるにつれて大人っぽいという表現に変わった。どこかを見る目、その顔つき、仕種、右斜め後ろから見るレギュラスは魅力的すぎる。


「何睨んでるんですか」

「え?わかった?」

「すごい目つきでしたよ」

「に、睨んでないよ!強いて言えば…」

「言えば?」

「…何でもない」


嫉妬だなんて言えなかった。私を追いていく嫉妬、誰かに優しくする嫉妬、離れた時に彼の隣にいる人に嫉妬。いつか今目の前で流れている景色のように時間は移り変わって、私と彼もどんどん変わってしまうのだろうか。この背中に、ついに追いつくことは出来ないのだろうか。
彼の制服の裾をぎゅ、と掴む。それに気づいたのかレギュラスは首を軽く後ろに回した。目が合う。綺麗な目に、自分が写っている。


「先輩」

「レギュラス」

「あの、」

「……うん」

「シワが寄るんですけど」

「え?」

「アイロンとかクリーニングとか面倒なんで離してください」

「な!わ、悪かったな!」


本当ですよ、とか言いながら向き直るレギュラス。そのサラサラとなびく綺麗な黒髪を今度は本当に睨みつけた。意地悪意地悪!そういう気持ちをたんまり込めて。


「それからその手はお腹に回してください」

「え?」

「回したら絶対に、もうずっと、離さないでください」




いつの間にか坂に差し掛かる通学路。一層速度を増す車輪。吹き付ける風。空気を切る音。彼の黒い髪がサラサラとなびいている。ずっと近くに感じていた、心地好い香り。
お腹に回して前で組んだ手に力を込めて。見上げた右斜め後ろから、彼の耳が赤くなっている気がする。



 

朝日が、世界が
輝きを増した気がする


(……好き)


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