図書館に通うのが好きだった。
最初は特に訳もなく持て余した時間を潰そうと訪れただけだった。
しかし次第に、独特の少し古めかしい静かな空気に、周りより幾らか緩やかに流れるように感じる時間が好きになった。

そして、気が付いたら、何よりも会いたい人が決まってそこには居た。
会うとは言ったものの、ここは談笑する場でなく、私はそもそも彼の名前も声も知らないのだ。
ここ近所では名を耳にする進学校の制服に、そばかすを頬にのせた人好きのする顔、木曜の夕方とたまに土曜の午前中に勉強の為にやって来ているらしい。
そして、すこし尖った大人びた印象の友人らしき人と一緒に居ること。そんなことしか知らない。

窓辺の席で辞書を開きペンを走らせている姿、難しそうな世界の情勢や法律関係の本を熱心に読んでいたり、ここに居る人間は皆そう変わらない動作をしているのに、何故だかついつい彼ばかりを目が追ってしまう、もしかすると、これを一目惚れというのかも知れない。

こんなこと誰に相談できる訳でもなく、どうしたものかと思って、折角これだけの蔵書があるのだから何かしら分かるかも知れないと私は更に活字に埋もれる日々を過ごしてみた。
しかし、納得のいく回答は未だに得られないままでいた。

背表紙だけで選んでしまった特に気になるでもない本を眺めるようにしていると、ふいに声を掛けられた。

「オイ、隣、邪魔するぞ。」

「―――…あ、はい、どうぞ。」

誰だっけ、確かにどこか何度か見覚えがあるのだけど思い出せない。
盾に交差する剣の校章を付けたブレザー、あのそばかすの彼とたまにいる青年だと気が付くまでどうやら思考が止まっていたらしく、妙な間を空けて返事をしてしまった。

「お前、マルコのことじろじろ見すぎなんだよ。」

印象のせいか怖気づいてしまったが、ぶっきらぼうな物言いではあったが少し視線を逸らしたかと思うとガシガシと頭を掻いて気まずそうに告げた。
…いいや、そんなことは今は気に留めてなんていられない、彼は今なんと言った?
多分、マルコと呼ばれた人間は間違いなく彼だろうと、私は身に覚えがあり過ぎる事態にたじろぐ。

空いてる席は他にもあるのに、何をわざわざと思ったら…!まさか、全てバレていたなんて!
意識をし出した途端にこみ上げた熱に言葉を失う。それはもう…穴があったら深く潜り込んで、その上からまた土を盛って欲しいぐらいに。

「…その、アイツも頭は切れるのに、そういうとこ鈍臭ェから…お互いにチラッチラとよお!だぁぁ!何だ、その…見てるこっちがこっ恥ずかしいんだよ!!」



予想外の形で納得のいく回答を得て、私は改めてこの感情の名前を知る。