夏のひとつの死骸にまぎれて 

踏切は甲高く、ブレーキは金切り声を上げた。
まるで記憶のように片隅に、供えられた花はとうにくすんだ色をして乾いて項垂れている。

宛てもないのに終点まで行きたいなどと今朝方に思い立った。
けれども、環状線というのだっけ、繰り返すばかりの景色に些か疲れた。
目の前を出ようとするそれに飛び乗り、特に考えるでもなく揺られていたのだ。

いい加減に飽々して、私は重い腰をとある駅で上げた。
傾きかけた日を照り返し揺らめく地に、それでも線路は何処へまでも続いているというのに。自分の行く末だけはてんで知らなかった。
いっそ、私は文字通りのただの根なし草なら良かった、考える芦なんて大層で脆いものなんて望んではしなかった。

どこぞかの駅だと言うのに、私一人だけの影が足下へ長く伸びた。
とてもつまらない、そして、とても寂しい。ベンチに腰掛けて放った足をパタパタと揺らしてみる。
それにあわせて、ゆらゆらする影に感慨深い気持ちなんかにに浸ってみた。


車両基地へと向かう車窓から、ふと目にした駅舎の影にナマエの姿を見た気がしました。
暮れなずむ夕焼けを背に俯いていたのは、間違いなくあなたでしょう。

夏は、盆はもう大分過ぎてしまいましたよ。彼岸も、秋の収穫祭も終わってしまったというのに。


「一目でもまたあなたにお会い出来て、嬉しい。」

やはりナマエであった。見間違えることがなくて良かった。
もう、あなたの輪郭すら危ういものとなってしまっていたのかと、自分の生を憎く思わないで済んだことに幾らか安堵した。

「どうも…お久しぶりです。私も、嬉しいよ。」

ザリ、と砂利を踏む音がした。
振り返らずとも誰だかは簡単に分かった、これはノボリさんだ。

「ねえ…線路なんて、歩いて来たの。」

「もう、この時間はこの路線は回送も今しがた送りましたから。
 問題ありませんよ、それに、こうすれば、あなたに会える気がしました。」

「隣、失礼します。」とどこまでもよそよそしく、ノボリは私の隣へ腰掛けた。

「うん、そうだね、私ここで死んじゃったみたいだからさ。」

「随分前の事になってしまいましたね。
 …わたくしばかり、あなたを忘れている気がしてなりません。」

「ううん、それが正しいんじゃないかな。
 今の私じゃあ何にも出来やしないけど、精々あと60年ぐらいは待っててあげるから。
 だから、元気でいてね。…それよりさ、調子はどうなの?」

「良くも悪くもありませんよ、けれど、最近は少し嬉しいことがありましたね。
 あなたが居ない日々だというのに、薄情でしょうか?」

「そんなこと無いよ、よっぽど健全だと思うよ。」

少しだけ無言の間が二人に続いた。穏やかで、冬へと向かい短くなった陽の下を冷たくなり出した空気が鼻先を赤らめた。

「なら、良かった。申し訳ありませんが、終礼を残していますのでそろそろ戻りますね。
 ……ずっと仕事ばかりを優先してしまい、何と…謝れば良いのか分かりません……」

へにゃり、と不器用に口元を歪めて精一杯に私に気を使って笑おうとしてみせる姿に、なんで私死んじゃったんだろう、ただそう思った。
もう抱きしめてあげるにしろ、その背中をどついてやる事も叶わないじゃないか。
鏡にも写るのに、足だって透けていない。相変わらずに影だってあるっていうのにね。

「泣きっ面で戻ったら上司として示し付かないんだから、さっさと戻りなね!
 いいよ、言いたいことは勿論あるけど、それは全部終わらして、
 あなたがこっちに来たら、うんと話なり謝罪なり聞いてあげるから。
 だから、今は、今は……いってらっしゃい。」

「えぇ、いってきます。それではまた…」

「うん、またね。」


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