部活が終わって家に帰れば、甥っ子からの熱い出迎えが待っている。ガキは嫌いやけど、甥っ子は別に嫌いじゃない。テンションが低い俺の隣で、一方的に仮面ライダーの話を延々とされるのはさすがにイラッとするけど、話すだけ話して満足そうに笑うところは、かわええと思う。高い高いしてや! とせがまれても、筋トレやと思えば苦にならないし。今日もテニスバック置いてチビを天井近くまで抱き上げたあと、小走りでリビングに向かう小さな背中の後ろをついてリビングに入った。

晩ご飯はハンバーグ。チビの口の周りにはデミグラスソースがひっついていて、義姉さんが苦笑いしながら拭いてやる。「ひーくん、おいしいなあ!」ニコニコ笑いながらおいしそうに食べるチビを見とったら、オトンやオトンじゃないけど、腹が満たされていくような気がした。

晩ご飯も食べて、風呂も入って、チビが寝る時間になるまで相手してやる。相手っつっても、クレヨン片手になぐり描きした絵に「すごいなあ」って言うだけやけど。それだけで嬉しそうな顔をするから、子どもって単純だと感心する。俺にもこんな時期があったんやろうな、コイツには俺みたいなひねくれた性格には育ってほしくないな。そんなことを思いながら携帯をいじっていると、家電がけたたましく鳴りだした。



「ひーくん、電話やで」
「オカンが出る」



電話が好きらしいチビは、呼び鈴が鳴るたびに反応する。対する俺は携帯には反応するけど、家電はオカンか義姉さんが出るやろうと、めんどくさいから動きもしない。案の定、台所で洗い物してたオカンがエプロンで手を拭きながら電話口に走ってきたので、俺は安心して携帯に視線を移す。

でも、それはたった数秒で終わってしまった。



「え、未玖ちゃん、まだ帰ってへんの!? もう9時過ぎてるやないの」
「……」
「ちょっと待って、光に…って、光! どこ行くん!」



オカンの言葉の続きが、“光に聞いてみるから”だったのか“光に探し行かせるから”だったのか、それとも別のものだったのかは分からない。でも、夜9時過ぎてるのにまだ家に帰っていないという話を聞いて、動きださずにはいられへんやった。気付けば携帯も持たず、風呂上がりの半乾きの髪をそのままに、オカンの制止も無視して家を飛び出していた。

病院からおばさんと家に帰ったのは、部活終了間際に帰ってきた白石部長から聞いとる。その後どういう経緯で桜井先輩がおばさんの前から姿を消したかは知らんけど、この近辺におるんやないかと思った。心当たりがあったわけではない。ただ、あの人が行くとしたら、あの場所しかない。



「……見付けた」
「財前…?」
「何してんスか、ホンマに」



家から小学校の中間に位置する公園の、トンネル状になった遊具の中。制服姿の桜井先輩が、膝を折りたたみ小さく縮こまった状態で座っていた。電灯と月明かりでほのかに照らされた頬には、うっすらと涙のあとが見える。罰の悪そうな表情の先輩はそのままに、俺は彼女の隣に腰を下ろした。



「なんで…」
「おばさんから電話あった。…アンタ、嫌なことがあったら、いつもここにおったやろ」
「……お見通しか、財前には」



自嘲気味に笑う笑顔は淋しくて、嫌味を言う気にもなれず黙り込む。心配かけんなとか、襲われたらどうすんねんとか、言いたいことはたくさんあったはずなのに、なんか、今は言っちゃいけない気がして。( …さむ、 )夏が近付いてきてるとはいえ、まだ夜は肌寒い。冷たい夜風が、俺と桜井先輩の肌を撫でた。

こうやって隣に座るのは何年ぶりだろう。2人で夜の公園にいるのも、つい昨日のことのように感じる。あの頃の俺は、この人が傍にいることが当たり前で、いつか終わりがくるなんて思ってもいなかったんだ。



「……あたしな、あと、半年しか生きれへんのやって」



だから、嗚咽混じりに放たれたこの言霊はきっと嘘なんだって。理解できなかった心が痛みだして、一筋の涙となって表れたんだ。



失うための幾つか

左手が宙を舞う。細くなった肩を抱き寄せようとしたけど、意気地なしの俺にはできるはずもなく、浮かんだその手は空気を掴んだ。




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