Sweet King

 世の中見た目がすべてなのかも知れないな、と、仁名を見ていると思う事がある。
 やたらふわふわツヤツヤした黒髪と、大きな黒目に色素を全部持っていかれてるんじゃないかと疑いたくなる白い肌と、骨格からしてそこら辺の男子とは違うほっそりした長い手足。
 授業中、窓際の席で頬杖をついてぼんやりしている横顔など、思わず写真に撮りたくなるほど画になっている。カメラを向けられていることに気づいて振り向き微笑むまでの様を連写するところを想像する。何かの広告にできそうだ。
 と、視線を感じたのか、仁名がおもむろに右斜め後ろを振り向いた。きらきらと窓の外の光を反射する目と目が合った瞬間思わずどきっとして、机の前で姿勢を正す。仁名はふと目を細めてから机に向き直り、ルーズリーフに何か書きつけていたかと思うと、再びこちらを振り向き折りたたんだそれを放って来た。
 何が書いてあるのかは大体想像がついた。頬杖をやめて黒板を見ている横顔を視界の隅に収めながら紙片を開く。
『見んな 死ね』

 世の中見た目がすべてなんだ、と、小谷温寛は15歳にして悟った。
 桜井仁名。凶悪と言ってもいい性格にかかわらず彼が女子にちやほやされるのは、顔の良さに誤魔化されているからに他ならない。

「アツー」
 と仁名が呼ぶ時、それが嬉しい用事だったことは今日に至るまでの2年数か月で1度もない。5時間目の体育に備えて着替えようと学ランの上着を脱いでいた温寛はあからさまにげんなりした顔で「なに…」と答えた。機嫌など気にした風もない仁名がすっと顔を寄せて来て一瞬ドキッとしたが、低く囁かれた言葉は予想通りのものだった。
「短パン忘れた。お前の貸せ」
「…1着しか持ってねーんだけど」
「知ってる。早く」
「……………」
 短パンがないと授業に出る事はできないので、隣のクラスまで借りに行く羽目になった(貸さない、という選択肢はない)。廊下の寒さが身に沁みる。
 仁名はクラスの人間全員に対してこういう態度をとる訳ではない。誰に対しても我は強いが、あからさまに上から目線で扱われるのは温寛だけだ。一体なんでこんな関係性になったのか。仁名は入学したての頃から目立っていて「女みたいにかわいい顔してんなあ」と思って遠目に見ていた記憶はあるが、温寛は客観的に見てごく普通の野球少年で、いじめられやすいタイプな訳でもない。
「あ、本山本山ー。短パン貸して」
 隣の教室を覗き込み、目についた野球部の仲間に声をかけると、本山は「またかよ」と言いながら体操着の入ったビニールのナップを放って来た。「またかよ」なのは仁名なのだが、それについては触れずに「さんきゅ」と片手を上げて教室を後にする。
 仁名との関係性について、なんとなく友人には言っていなかった。良いように使われているのが恥ずかしい訳でも仁名の事が怖い訳でもないのだが、なんとなく。
 教室に帰ると仁名は体操着に着替え終えていて、ツレの男子数人と連れ立って体育館に向かうところだった。すれ違い様に目が合ったが、悪びれる風もなく平然と通り過ぎて行った。
 首をひねって振り向き、その後ろ姿を眺める。身長150センチ台半ばの仁名は中3にしては小さく、ここ1年で急激に身長が伸びた温寛からはつむじが見下ろせる。相変わらず問答無用で目を惹きつけられるなとぼんやり思いながら視線を剥がした。
 仁名はとにかく容姿が可愛い。それだけでワガママを言われても暴言を吐かれても仕方ないなと思えてしまう。我ながら悪女に引っかかる素養充分だなと思うが、思えてしまうものは仕方ない。同性ながら、女子がキャーキャー言うのは理解できる。
 友人たちの言葉を借りるなら、温寛は『お兄ちゃん気質』なのだ。実際に五人兄弟の長男で弟と妹が下に四人いるので我慢はし慣れている。
 慣れているから平気…とはいえ、仁名はなぜ自分に目を付けたのだろうという疑問は、3年間ずっと引っかかっているのだが。
「あっくん早く着替えろよ。置いてくー」
「あ、待って待ってすぐ着替える」
 教室で待ってくれていた友人にせっつかれ、慌ててベルトを外しにかかる。足からズボンを引っこ抜くと肌寒さに鳥肌が立った。暖房の利いた室内ですらこうなのだから、冬の体育は多分寒さに対する忍耐力を鍛えるためにあるのだと思う。高校に行ったところでこの寒さは変わらないんだろうなあ。
 冬の寒さが一段と深まる2月。中学卒業は目の前に迫っていた。

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