ふたりぐらし

 小腹減ったしなんか甘いもん食べたいなあ、とふと思い立ち、徒歩五分のコンビニまで出掛けて行って買い物をして帰ったら、自分以外誰もいなかったはずの部屋のこたつで恋人が背を丸くしていた。コートもマフラーも身につけたままで。ちょうどさっき部屋に入ってきたばかりなのだろう、曇った眼鏡でこちらを振り向いて「おかえり」と言う。
「ただいま。というかおかえり」
「ただいま、明けましておめでとう。なに買ってきたの」
「プリンとか。食う?」
「食う」
 正月の『贅沢したりだらだらしても許される』という空気に甘えてひとりでバクバク食べる気満々だったプリンとチーズケーキとシュークリームとメロンパンとポテトチップスをこたつの上に並べると、「豪華だなー」と笑いながら恋人はマフラーを外した。
「なに、早く帰って来たの?」
 例年通り十二月の三十日から帰省して二日まで実家に泊まると聞いていたので、明日までは家に一人のはずだった。帰省と言っても電車で一時間半の距離だ。こちらの実家はさらに近くて自転車を二十分も漕げば辿り着くので、午前中にちゃちゃっと新年の挨拶だけ済ませて来て、あとはのんべんだらりと年末年始の休暇を過ごす予定だった。
「いやーそれがさ、聞いて」
 空腹だったのか迷わずメロンパンの袋を開けながら恋人は言った。
「コーヒー淹れながらでいい?」
「いいよ」
 答えてから大口を開けてパンにかぶりつく恋人を尻目に、こたつに背を向けてキッチンに立って、サーバーに豆をセットしポットのお湯を注ぐ。ぬるくなっているが猫舌の彼にはちょうどいいだろう――味はともかくとして。会社の忘年会の抽選大会の景品にコーヒーメーカーがあって狙っていたのだが、代わりに引き当てたのはトイレットペーパーだった。
「今朝親と妹と初詣行って、で、昼に親戚が集まって会ったのさ。でまあ年齢的に彼女は? 結婚は? って聞かれるだろ。毎年恒例だからわかってたんだけど」
「うん」
「その前に引いたおみくじに自分に素直になりなさい的なことが書いてあって」
 マグカップをふたつ、こたつの上に置いて、ふとんの中に潜り込む。一人の時は悠々と足が伸ばせたが彼がいるとすぐに足同士がぶつかりあう。というよりもわざとぶつけてくる。外からは見えない水面下の戯れあい。一緒に家を借りる前、狭くなってもいいからこたつは欲しい、という点でふたりは意見が合致して、実際ただでさえ手狭な部屋はすっかりこたつに占拠されているが、買ってよかったと思う。自分たちの冬の幸せはこの素敵な暖房器具に支えられている。
「っていうのもあっていつも通りに適当に答えて躱すのがなんか急ーに嫌になって、勢いで彼氏いるって言っちゃったんだよね」
「……それはそれは」
 急展開だことで。特に言う必要も感じないし当分家族に言う気とかないんだよねとあっけらかんとしていたのはつい二、三ヶ月前だったように思う。家族には「男友達とルームシェアしてる」という伝え方をしていて、それは自分も同じだった。ひた隠しにしているというわけでもないがあれこれ詮索されても鬱陶しいので、付き合ってもう三年が経とうとしている今でも同居人が彼氏だとはお互いリアルの友人知人には誰にも言っていない。リアルの、というのは、インターネット上で知り合った人間を除く、という意味だ。元々SNSを通じて知り合ったから、SNS上の共通の友人たちはふたりの関係を知っている。
「親戚一同、なんて?」
「特になにも言わず。えー……っていう感じだった。たぶん飲みこめてない。で、いたたまれなくて帰ってきちゃった。あの後で親族会議かもしれん」
「そんなことで会議するかねえ」
「わかんねえ。あーわかんねえ。ある意味すっきりしたけど次どんな顔して帰ったらいいのかわかんねえー。お盆がつれえー」
 段々自分の言動を後悔し始めたらしい恋人はこたつに突っ伏して天板にごつごつと額を打ち付け始めた。眼鏡、壊れそう。少なくともちょっとした噂があっという間に町中に広まるような田舎出身じゃなくてよかったよなと思った。家族および実家の犬を愛する彼が気まずくて帰省できないような事態になったら気の毒だ。
「次は俺も一緒に帰るってどう? おまえの実家」
 シュークリームの袋を開けながら提案すると、恋人は動きを止め、ぽかんとした顔でこちらを見て、それからうん、と頷いた。
「ごめん、勝手に喋って」
「別にいいよ」
「せっかくだから優しいイケメンの彼氏がいるって言えばよかったね」
「言ってもいいけど実物知られたときに恥かくのおまえだから」
「あ、なあせっかく早く帰ってきたし姫はじめする? 新年初えーっち」
「おやつ食ってからな」
 ぬるいコーヒーを啜りながら、半分減ったメロンパンとシュークリームを交換する。俺も親に言ってみるかな、彼氏いるって。どんな反応をされるとしても帰ってくるのはこの家だ。

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