LUCKY STRYKE

年上の男の何が良いかと言うと、何と言っても許容範囲の広いところだとおもう。
俺が生意気な口を叩いてもかわいいと言い、不思議ちゃんな発言をしてもかわいいと言い、本気でブチギレてもかわいいと言う。それはつまり俺という一個人に対して全く本気で向き合ってくれていないということでもあるのだが、付き合い始めた頃はそんなことはどうでもよかった。俺も貫士という年上の男を一個人として好きになった訳ではなかった。何をしても敵わないし何をしても赦される、そういう関係性を好きになったのだ。それは付き合い始めた頃の話。
漫画喫茶の手狭な個室のソファーの上で、今日は進路希望調査表にラッキーストライクと書いたら先生に怒られた話をした。ラッキーストライクという煙草の銘柄は、個人的には冗談みたいな名前でださいとおもう。そんな名前の煙草を貫士は吸っている。
「何それ。いかれてんね」
いかれてんね、は貫士の口癖だった。そう言ってにやりと口の端を上げた時の、皮膚の薄い頬に皺が寄った貫士の表情が好きで、俺はわざと狂ったふりをすることも多々。
「僕の夢は煙草になることです、って?」
「そうだよ」
「どういうことだよそれ」
「あんたに火ぃ点けられて、白いの出して、捻り潰されて死にたい」
ふはっ、と笑った貫士の口から、もわりと丸い形の煙が上がった。
「どこの三流小説からパクってきた、その台詞」
「オリジナルの本心ですけど」
「嘘吐け。ただの死にたがりが」
灰皿の縁を煙草で叩いて灰を落としつつくつくつと貫士は笑い、合間に痰の絡んだ音のする咳をした。貫士は煙草を吸っているときが一番機嫌が良い。ストレス社会で生きているサラリーマン。
いつも軽い調子で言う「社会人は大変なんだよお」という台詞が、単に先輩風を吹かせたいのかそれとも愚痴の一端なのか、俺には判断がつかない。貫士は俺に全く本気ではないから、本心を見せるということをしない。
「ばーか。そうじゃないよ」
俺は不貞腐れて呟いた。死にたがりだなんて思われていたのか。貫士から見える自分が解らない。かわいいと言われるままに笑われるままにキャラの定まらない演技を繰り返してきたから、自分で自分が掴めない。
「じゃあただのドMか」
煙草を灰皿に預けると、おもむろに貫士が顔を寄せてくる。尻の下でソファーがギッと声を上げた。鼻先にかかった煙草の臭いに表情を歪めながら、唇を受け止める。腹が立つ苦味。
あんたには解らないんだ。たった一人の人間との関係が世界の全てだというこの感覚なんて、奥さんと子供のいる貫士には解らないんだ。敵いたい俺の気持ちなんて。愛されたい俺の気持ちなんて。煙草に嫉妬してる俺の気持ちなんて。
唇はすぐに離れて、また鼻先に向かって煙草の臭いのする息を浴びせてきながら、貫士は至近距離で目を覗き込んできた。こうして見てると男前でもなんでもないなと改めておもう。まるで俺の心を見通そうとしているようなその視線がうっとうしくて、俺は顔を背けた。どうせ俺のことなんて見てないくせに。俺が煙草の臭いが好きじゃないことに、いい加減に気付けクソ野郎。

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