darara

某家電量販店で電子レンジが安いという。
いきなりの電話でそんな特に興味の無い情報を俺の耳に入れた後、由は言った。

「駐車場ねぇんだよあそこー。一緒に歩いてって交替で持って帰ろうぜー」

つまるところ荷物持ちとして駆り出された。日も暮れかけた時刻に由の家の前に呼び出され、「飯奢るから」としれっとした笑顔を見せる由に従って道を歩き始める。冗談半分の文句を言うタイミングを逃したので、俺は大人しく隣を歩くことにした。
人のちょっとしたわがままに付き合うのは、まあ嫌いじゃない。後からなんだかなあと思う事もあるけど。

「湿気やばいなぁ。去年の梅雨もこんなに蒸し暑かったっけ?」
「去年も一昨年も大体こんなだったろ」
「そっかぁ。去年もこんなに紫陽花咲いてたっけ?あんな、白とかあった?」
「由んちの近所のアジサイのことまで覚えてねーよ」
「あはは、そっかぁ。…今年はかたつむり見ねぇんだよなー。ナメクジは見るんだよ。殻不足かな?」
「かたつむりとナメクジって違うっしょ」
「えー?ちっちゃい頃塩かけたら両方縮んだよ」
「でも違うらしいよ。そういえばナメクジって、塩かけても後から水かければ助かるんだって」
「へぇー、あ、塩に奪われた水分を戻せばいいってこと?」
「そうそう」
「へぇー、アキ物知り。あいつら単純だな」
「しっかし湿気多いと髪がぴょんぴょんすんだよなー」
「わかるー」

気の置けない仲だ、道中のお喋りは当たり前にだらだらしていて当たり前に楽しかった。
20分程歩いて店に到着すると、由は即行お目当ての品をゲットした。売れ切れてなくて良かったとはしゃぐ様子を見ていたら、すっかり文句を言う気もなくなった。そのまま欲しい訳でもないパソコンや洗濯機をぐるぐると見て回り、俺はなんとなくDVDの10枚組を買って、店を後にした。
自動ドアを通って照明が眩しい店内を出ると、外はとっぷりと日が暮れていた。「今日何食いたい?」と言いながら、由はでっかい段ボールを抱えて歩き出す。「麺」と返して俺も帰路を辿る。

午前中に降った雨の所為で外は異様に蒸し暑い。纏わりつくようなぬるい空気は汗でべとついた肌にとんでもなく不快だ。
いやぁな空気の夜だった。

「はー、重い。交替交替」
「はいはい」

行きにも抜けて来た公園に入ったところで、由に頼まれて荷物を持った。この公園は結構な面積を有していて、ジョギングコースやアスレチックなども設けられており、特に日曜の昼間などは家族連れが多く訪れてとても賑わいがあるのだが、

「…ちょっとここ、夜になるとこえぇな」

鬱蒼と茂る木々に対し、街灯の数が足りていない。
暗くて頼りないオレンジ色の街灯が並ぶ道の左右では、雑多にひしめき合う樹木が濃い暗闇を作り出している。女性や子供の独り歩きなら確実に避けて通るだろう物騒な道だ。
夜に通るのは由も初めてらしく、きょろきょろと不安げに周囲を見渡しているので言ってみた。

「そこの木の下にさー、誰かが隠れてても全然気付かないよね」
「…ほんとだよ。やめろよ、想像して怖くなるから」

由が嫌そうな顔をして少し歩調を速めた。「おい、俺重いの持ってんだからー」と慌てて後ろから声を上げると(さすがに一人で歩く勇気はない)、「早く抜けようよ」と眉尻を下げて俺の隣りに並ぶ。

「うー、マジで怖いじゃんここ」
「確かにな。手ぇ繋ぐ?」
「うん」
「え、マジで?」
「うん」

びっくりして由を見る。場を明るくする冗談のつもりで言ったのだが、由は硬い横顔を見せながら本気でそうしたそうに頷いた。
怖がりだなぁ。あんまし人の事は言えないけど。
ちょっとだけ呆れながら手を差し出そうと考えたところで、既に両手が塞がっている事に気付いた。あ、と零すと、由も荷物の存在を思い出して責めるように上目遣いで睨んで来た。睨むなよ、お前の電子レンジじゃんこれ。

「じゃあ、あの、あれ。裾掴んでてよ」
「なんでだよ…」

ふて腐れたように文句を言って、けれど由は言った通りに俺のシャツの裾をぎゅっと掴んだ。
おお。なんかこの構図いいな。
掴まれた腰の辺りがなんとなくくすぐったい。

「夏ってテレビが怖いの多くなるからヤなんだよー。見るつもりないのにチャンネル回してるとやってるから…」

そわそわとした口調で言いつつ由は暗闇を警戒している。
ただでさえ記憶の底に沈殿した嫌な思い出をくすぐるような気持ちの悪い空気だ。俺も由の怖がり具合に引きずられて段々怖くなってきたので、道端に転がるゴミの類いの正体を目を細めて見極めながら歩いた。何かの死骸ではないかと疑ってしまうのはこの手のシチュエーションではお約束だけれどやっぱり怪しく見えるのだ。
暗がりから誰かに見られてるんじゃ…なんて想像すると怖い。怖いんだけど、このぞくぞくをもっと共有していたい気もする。

「大体なんで街灯オレンジなんだよー」
「…………」
「なんか雰囲気怖くなるじゃんか。…アキなんか喋れよ」
「んぁ」
「んぁって!」

もー、と頼りない声を出した由が裾を手放して俺の肘を掴んだ。触れた掌がじっとりと汗ばんでいて熱い。けれど不快ではなかった。

「ねーもうなんでもいいからさー、気が紛れる事。かたつむりの話の続きー」
「えー、ねぇよ。てか歩くの速いって」

本当は十分歩ける速さだったけど(何せリーチは俺のが長い)、荷物を理由に文句を言ってみる。もー、とまた由が言う。むくれて見せる姿まで可愛いのはすごいことだ。俺はさりげなく歩調を緩めて、夜道を歩く時間を引き伸ばした。

結局、暗闇から伸びて来た真っ白な手に足を掴まれたり、潜んでいた殺人鬼に襲われるような事態は起こらずに済んだ。往来に出て平和な顔で道を行く通行人を見たら急に腹が減った。
公園を抜けた途端「あー暑ぃ!」なんて言い捨てて離れて行った由の掌の熱は、しばらく俺の腕にくすぐったく残っていた。

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