罪の味

 バイト先の洋食屋は日曜が暇だ。
 本来土日は飲食店にとって書き入れ時だと思われるが、学生街かつビジネス街という土地柄、土日は通行人自体が少なく、周囲の店は日曜を定休日にしているところが多い。うちは店長がワーカーホリックなので開けてはいるが、ランチタイムを過ぎてしまうとぱったりと客が来なくなるのが常だった。
 日曜は閉店30分前の段階で客がいなければ店長が「今日は早めに閉めちゃおうか」と言ってくれて、芯太郎はそれが好きだ。想定外にもたらされる解放というのはいつも心が弾むものだ。台風による休校と同じ。
 クローズ作業は自分の仕事なので、閉店時間前ではあるが店のシャッターを降ろして立ち上がった時、
「すみません」
 と後ろから声を掛けられた。
 まさか滑り込みの客か、と気まずい思いで振り向くと、そこには安さと量を売りにしている洋食屋には用のなさそうな品の良い中年女性が佇んでいた。真っ黒に染めた髪に隙のない化粧、おそらく宝石がついているネックレス。外見に気と金を遣うタイプ。芯太郎には日頃縁のない人種だ。
「雲野、芯太郎さんでしょうか?」
 見知らぬ人に名前を呼ばれるのが嫌いだ。胃の底が疼いて軽い吐き気がこみ上げる。平静を装って「はあ」と答えると、女性は口元をきゅっと引き締めた。
「わたくし、原野美秋(よしあき)の母の、千枝子と申します」
 名乗られる前からわかった。長い睫毛の上に線を引いたようなきれいな二重の目が、美秋にそっくりだった。
「少しお時間宜しいでしょうか? そこの喫茶店でお話したいことがあります」
「ちょっとだけ待ってもらっていいですか、寄るとこあって」
 洋食屋の二軒隣の老舗洋菓子店にダルメシアンケーキを2つ取り置いてもらっていた。話が長引いたら洋菓子店の閉店時間を回ってしまう。
 ダルメシアンというのは生クリームとチョコレートとクッキーであの101匹わんちゃんでお馴染みの犬の形をかたどっているケーキだ。この洋菓子店随一の人気商品らしい。こんなものを有り難がるのは女子供だけだろうと芯太郎は思っていたが、美秋はこういう可愛い見た目の食べ物が好きだ。芯太郎より1つ下だからもう26歳になるのに。
 保冷剤を入れてもらった箱を手に洋菓子店を出て「お待たせしました」と会釈すると、千枝子は黙って会釈を返してきた。
 風が落ち葉を吹きあげて螺旋を描く。街路樹のイチョウは真っ黄色な葉をつけて、美秋の名と同じ、美しい秋が訪れていた。

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