わるいあそび

 次の日はオフで、目が覚めると正午を回っていた。
 時計代わりの携帯を握り締めて布団の中で「寝すぎた…」と呻く。カーテンを締め切った日当たりの悪い部屋は朝でも夕方でも薄暗く、時間を体感しづらい。
 男に連絡はもちろんしなかった。名刺は一応、悪い意味で何かあった時の為に取っておいてある。男は『見城輝嗣』という名前らしかった。なんだか名前まで濃い。今日はバイトが休みなのでひとまずは顔を合わせなくて済むがその分明日が憂鬱だ。
 起き上がって顔を洗い、のそのそとトーストを焼いてインスタントコーヒーを淹れ、食べ終えたらもう14時。
 レンタル屋でDVDでも借りてこようと適当に身支度をして外に出た。春とは名ばかりで寒風の吹いていた先頃までと違い、吹き抜ける風は温みを帯びている。一人暮らしを始めた頃には新鮮な気持ちで見ていた景色は、今はすっかり見慣れた日常風景となっていた。
 駅前までは徒歩10分だ。ベッドタウンなのでさして栄えている訳でもないがファミレスと居酒屋とコンビニとデパートとレンタル屋ぐらいは揃っている。
 準新作のDVDを適当に2本借りた後酒とそのアテでも買おうかとデパートの食品売り場をふらふらしていると、
「あ!」
 と背後から声がした。
 振り向いてその人物を見た時、一瞬、誰だかわからなかった。胸元の開いた黒いシャツに細身のジーンズ、黒縁眼鏡をかけた姿は、小洒落たサラリーマンの私服といった雰囲気だったからだ。正直パッと見でかっこいいと思った。
「あれ、もしかしてこの近くに住んでんの? 俺も家、ここらなんだけど」
 だが、グイグイ来る態度ですぐに思い出した――見城だ。作業服姿しか見たことがなかったので戸惑ったが、口を開くと途端に雰囲気がアホっぽくなる。
「いえ、たまたま寄っただけなんで」
 まずい、まさか近所かよと思いつつ口早に答えてその場を去ろうとしたが、見城はするっと前に回り込んできてして「ちょうどよかった」と笑った。
「飯、誘ってたじゃん? 今日これからどう? 今家に良いワインあるよ」
「…まだ昼ですけど」
「昼から飲んだ方が明日に残んなくていいだろ」
 どっちにしろ知らないヤツの家なんかついて行くわけないだろ、と言ってやろうかと思って、しかしふと思い直した。
 自分は見城の勤め先もフルネームも知っている。堂々と身分を明かしている以上滅多なことはしてこないだろう。こちらとしてはいざとなれば会社に訴えてやればいい。
 それに断り続けてこれ以上しつこくされるのも面倒だった。
「わかりました。お言葉に甘えて伺います」
 棒読みで述べると男は「良かった」と率直に嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 結果から言えば、見立てが甘かった。
 見城が二人分の出来合いの食べ物を買うのに付き合い、駅から徒歩5分のアパートまでついて行ったまでは良かった。見城が先に部屋に入り、木原がそれに続いて、身体を半分後ろに振り向かせてドアを閉めた瞬間、ぐっと二の腕を掴んで引き寄せられ、抵抗する間もなく唇を塞がれた。
 う、そだろ。
 咄嗟のことに閉じ損ねた唇を舌が割る。同時に指を突っ込まれて噛まないように対策をなされ、舌打ちをしたい気分だったがもちろんできない。舌が入ってきたことよりも太い指を突っ込まれる事の方が数倍不快だ。腹いせにゲロ吐いてやろうか。
「んんん!」
 抗議のトーンで呻くも、見城は構わずしょっぱなから濃厚なキスを続行した。くっそ、オッサンのくせになんでこんな肌綺麗なんだよこいつ。至近距離で見てもタイプな顔に木原は苛立って目を閉じた。
 そういえば久しぶりだ。キス、というか他人と身体を接触させること自体が。ここのところは欲求不満よりも他人とかかずらう面倒くささが勝っていた。誰かの体温を感じる気持ち良さを身体は簡単に思い出し、反射的に奥で縮こまっていた舌を無意識にそろりと動かした時、見城の手が股間をまさぐり出した。片手でベルトを外しチャックを下ろす手際の良さに、慣れてるのか、と少し驚く。抵抗するのもだるくなってなすがまま、キスに応えながら下着から引きずり出されるに任せる。先端を指ですっぽり包み込まれて上下に動かされると否が応でも下半身に血がなだれこむ。ややあって唇を解放され、細く息を吐きながら与えられる快楽に顔を仰のかせる。くっそ。きもちぃ。
 見城はまっすぐ手元に視線を落とし、いきなり追い上げる動きで扱いてきた。これが望んだ相手なら木原も相手のシャツの裾に手を忍ばせてみたり触りかえしたりするのだが、玄関で襲われてそんなことをする義理もないので棒立ちのまま奉仕されておく。完勃ちしていよいよ気持ち良くなってきたところで、見城はちらっとこちらを窺い見た。
「流石にAV嬢みたくアンアンは言わないのな」
 脳内でちょっとずっこけた。言う訳ないだろ男なんだから…そもそも女だって演技じゃなきゃ喘ぎ声なんか出さないだろ。手付きはこなれてる癖にどんな夢見がちなオッサンだよ。不機嫌な舌打ちで答えると見城は尚も台詞を重ねる。
「それとも、突っ込んだら鳴いてくれんの?」
「………する気あるの?」
「んー…」
 見城は手を止めて首を傾げた。カラダを求める男全てが挿入を求める訳ではなく、触り合いで満足する人もいればお口至上主義者もいる。そういうクチか、と思ったところで悩ましげに見城は続けた。
「俺、専らネコなんだよなあ…」
 あ、そう。そういうこと。
「タチの経験は?」
「無いんだ、それが」
「ふうん…女相手は?」
「女、ダメなんだよな。AVは男女モノの方が演技上手い子多いし設定もバリエーションあるから観るんだけど、実物には玄人さんでも勃たない。あ、アイハラハルカの顔は好き。あの子の顔にチンコ生えてるとかムラムラしすぎて我慢できなくてごめん」
 その発言はものすごく失礼な気がするのだが。しかし今更こいつにそれを説くのもあほらしい。
「じゃあ童貞か」
「ハッキリ言ってくれるね。まあそうだけど」
 ふにゃりと笑う。木原はふいに、自分が興奮し始めていることに気付いた。下半身の方は久々の刺激にとっくに興奮していたのだが、そうではなく精神的に。こういう関係の持ち方も面白い。木原は伏し目がちに見城を見やり、唇を扇情的に開いた。あのAVのジャケットを思い出しながら。
「あんたの童貞くれたら、鳴いてあげてもいい」
 目の前で、くっきり浮き出した喉仏が上下に動いた。

 とはいえ演技にだってコツが要る。
 喘ぎ声って入ってくる時に出すもんだっけ? 出てく時? とか思いながら、案外物が少なくてこざっぱりした部屋の案外綺麗に整えてあるベッドの上に押し倒され、服を脱がされるに任せる。胸の上をてのひらで撫でられ、何か声を出してみようと試みた結果「はんん…」と間抜けな声が出た。自分で笑いそうになったが、見城は意外にも興奮した様子で「もっと声出して?」と囁き、乳首を指先で責めてきた。そこは気持ちいいはいいのだが声が出るほどの刺激ではない。とはいえ努力して嬌声を上げていると、なんとなく要領がわかってきた。更なるサービスとして口元に手を当てながら見城を上目遣いに見る。
「んっ…も、もう、上ばっかり触んないで?」
「どこ触って欲しい?」
「ち…」んこ、っていうのは直接的過ぎるか? 女優だったらなんて言う?「おちんちん…」
 いや俺何歳だよ。言ったそばから顔から火を噴くかと思ったが、その照れが良い方に作用したようで、見城は一度愛おしげにへそのあたりに唇を落とすとむしゃぶりつくようにちんこを咥え込んだ。
「あっ…やっ」
 フェラは好きだ。しかも見城は上手い。一旦出すことを意識すると声は自ずと喉をついて溢れるようになり、語尾にハートマークのついていそうな掠れた声を上げながら、そんなこと一度もしたことがないのに勝手に腰が揺れるのを靄のかかった頭で感じた。ああ、人間って自分の言った言葉や声に引きずられるんだな。だんだん本当に女優になったような気がしてくるから不思議だ。わざとらしく手の甲を噛んだりなんてしてしまう。我ながらもう完全に興奮してる。
 入念に舐められながら小器用に穴を慣らされ、先走りがだらだら溢れては舌で掬い取られた。異例の速さで自分の身体がゆるんだのを感じる。感情が高ぶっているせいで、挿入は今までになく気持ち良かった。木原は挿れるのも挿れられるのもどっち役もやるが、受け入れる方が快楽を得られるかどうかは相手の技量と相性によるところが大きいので、どちらかといえば突っ込む方が好きで――しかし見城が多少まごつきながら先端を挿入し、長いソレにずるりと内側を擦りあげられた瞬間、うっとりしすぎて口の端から涎が垂れた。
「あん、あっ、あ、あァ」
「う…わかる? きみのここキュンキュンッてしてる…」
「うん、すごいぃ、おっきい…」
「うっは…嘘みたいに気持ちいいねこれ…」
 初めての挿入体験に感じ入った様子で見城はしばらく仰向けになった木原の脇に手をつき項垂れていた。童貞を奪った、というちょっとした達成感に木原は内心ほくそ笑みながら括約筋を駆使して締め付けてやった。見城は呻き、やがて「動くよ」と宣言して腰を遣い出した。そのリズムに合わせてあられもない声を上げる。入ってくる時が「あっ」で出て行く時が「んッ」のようだ、無意識ながら。
 見城は動きこそぎこちないが、受け手の気持ちはさすが解っているらしく、的確な深さと角度で責め立てて来た。快楽が一定の線を超えたらもう、身悶える他ない。たぶん人生で一番感じている。上ずった自分の声がスパイスになる。
「あっやっ…イク、イク」
 一度も口にした事のない台詞を言いながら、めいっぱい脚を広げて、全てを曝け出して、見城を誘う。一瞬目を見開いた後、見城はぎゅっと目をつぶって「クソ、可愛い」と呟いた。ガツガツと抉られて、視界が白く染まっていく。弾けたのはふたりほぼ同時だった。
「ああ…はっ…はーっ…」
 アイボリーの天井を仰いで荒い呼吸を整える。普段なら出した後はすぐに冷めてさっさと中から出ていって欲しいと思うのに、今は頭の中がかあっと熱を持ったままでそれどころではなかった。自分の呼吸の音が膜一枚隔てているようにぼやけて聞こえる。身体を弛緩させて身じろぎもせずにいると、ずる、と見城が内側で動いた。
「ごめん、もう1回、」
「…え…嘘」
「もう1回だけ…っ」
 ギリギリまで引き抜かれ、一気に最奥まで戻ってくる。まんべんなく擦られる感触に脚がびくっと震えた。最初よりもだいぶ慣れた腰遣いで揺さぶられ、腹の上に存分に放出したばかりの性器がびたんびたんと前後に翻弄されて細かいしずくを撒き散らす。
「あぅ、あ、あっ」
 ふざけんなよ、と思うのに、
「あ、もっと、もっとぉっ」
 と唇は勝手に動く。もはやどっちが本心なのか自分でもわからなくて、とにかく乱れまくっているのは確かだった。
 やばいこれ、癖になる。

 また今度連絡して、と事後に囁かれ、一も二も無く頷いてしまったのは、まあ不可抗力だった。

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