生活とお前


「って、わざわざコンビニ行ったならパンとか弁当とか買ってくりゃよかったのに」
ずいと押し出された納豆のパックを見て、吉田は呆れつつも有り合わせの割り箸を手に取った。帰ってきてから狭いキッチンを占領して何やらやっていたのでおかずでも作っているのかと思ったが、納豆に薬味なんかを加えていただけだったらしい。
「納豆の口だったんだからしょうがねーだろうが」
「別にいいけどさ。いただきます」
茶碗が二つもないので吉田は汁物用の椀にインスタントの白米をよそって、斉藤が混ぜた納豆を上にかける。付属のたれの他にわざわざ斉藤が調達してきた長ネギ、小口ネギ、鰹節、だしの素、醤油が入った凝った一品だ。納豆はたれとからしだけでも充分に美味いとは思うのだが、見た目からして食欲をそそるこれにはちょっとテンションが上がる。
「本当は青ノリも入れたかったんだけどなぁ」
ぼやきつつ斉藤も納豆を白飯にかけ、一口食べてうんうんと頷いた。それからこちらを上目で窺って来るので、
「うまい」
短く答えてがつがつとかきこむと、「だぁろぉ?」とやたら得意げに斉藤は相好を崩した。
春の麗らかな日差しの射し込む家で、一応恋人と小さなロウテーブルを囲んで遅い朝食の納豆ご飯を食す。奇妙な気分だった。悪くはないが、幸福な光景でもなんでもない。音が欲しくてつけたテレビではいいとも増刊号をやっていて、若手芸人が張り切った顔で映っている。
「あ。服、なんで洗ったの?」
何か気まずい話が出て来たら嫌だなと思いながら尋ねると、斉藤は眉を上げて呆れたような表情を作った。
「俺吐いたの、覚えてないの?」
「は?どの段階で?」
「エッチした後にお前が飲み直すか!って言い出して、ビール飲んで、そしたらすぐ吐いちゃって、なのにお前ゲロついたズボンのままソファで寝始めて」
「嘘?馬鹿だなぁ」
「ほんとだよ!気持ち悪いの我慢しながら脱がせるの大変だったんだから!」
話しながら二人とも徐々に笑い始めて、しまいには顔を見合わせてゲラゲラ笑っている。ヒィヒィ言いながら納豆ご飯を食べて、そのまま床にごろんと転がって、笑い疲れた溜め息を吐いたりする。
テンションはいつも簡単に跳ね上がってはあっさりと落ち着く。その波が楽しいのだ。楽しいから笑うんじゃなくて、笑うから楽しい。ふたり一緒に。
「楽しいねえ」
吉田が思うのと同時に斉藤が言った。「別にー」と吉田は天の邪鬼な答えを返しながら身体を起こして立ち上がり、フローリングの上、天井を見上げて寝そべっている斉藤の身体を跨いだ。日の光が斉藤の顔の上を斜めに渡って、寝乱れたままの黒髪を透かしたような茶色に輝かせていた。
「お前、よく見るとすげー寝癖ついてんだけど」
「いや、お前の方がすげーよ」
「俺は外出てねえからいんだよ。お前さっきこれで買い物行ったじゃん」
「あー…キャップかぶんの忘れてた」
頭に手をやる斉藤の上に屈み込んで、キスをする。反射的に目を閉じた斉藤が再び目を開く頃にはもう顔を離していて、茶碗と箸を両手に流しへ向かう。
「なにー?今の」
「別にー」
きょとんとした声にすげない返事を投げ、蛇口を開けて、小口ねぎと納豆のねばねばがへばりついた食器に水を溜める。水はすぐにじゃばじゃばと音を立てて椀の淵から溢れ落ち始めたが、シンクの底に両手をついてそれを暫く無言で眺める。
なんだろうな、可愛くて仕方ない。困った。納豆の味のキスなんて微塵も色気は無いのに。気を抜くと柄にもなく甘やかしたくなってしまう。
「俊介?」
不意に間近で声がして、吉田はびくっと肩を跳ねさせながらのけ反った。いつの間にか斉藤が近くに寄って来て、俯く顔を覗き込んでいた。
「気持ち悪ぃの?」
心配そうに眉根の寄った表情をしばし無言で見つめ返し、吉田はおもむろに水に浸っていた両手をシンクから離すと、その顔に向かって指先から雫を思いっきり飛ばした。「つめてっ!ぁいてっ」腰を押さえつつ斉藤が悲鳴を上げて逃げていく。「なんだよ」とこちらを振り向いた哀れっぽい顔を見て笑えば、「なんだよ」と怒ったように繰り返しながら斉藤もつられて笑った。
なんだろう、滑稽なまでに生々しくてアホらしくて、幸福な光景とはかけ離れているのに。
自分たちは今紛れもなく幸福だ。

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