ビフォアアス

※サニーサイドエフェクトとはトップとボトムが逆です(ウィル×ダグ)のでご注意ください。
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 物理的にどれだけの距離を隔てていてもネットを通じて繋がることができる現代は素晴らしい。
 愚痴も世間話もカメラとマイクを通して共有できる。見せたいものは写真を添付してすぐメール送信、あるいはクラウドでシェア。ネットの普及前はエアメールでやりとりしていたのだろう、ということを思えば比べ物にならないくらい気楽に遠距離恋愛ができる時代に生きている。
 とはいえ文明の利器がどれだけ発達し手軽に迅速に通信できるようになったところで、決して満たされないことがある。触れたい、という欲求。それとその中に含まれる性欲。ダグから何度「スカイプエッチしようよ」とせがまれたことかわからないが断固拒否した。盛りあがることには盛り上がるだろうが賢者タイムに突入して部屋に独りでいる自分を自覚したらきっと舌を噛み切って死にたくなる。
 そういう訳で付き合い始めた当初、久々に会えた時には日に2度3度だって平気でした。ほぼまるまる1日をベッドで過ごした時もあった。段々月日を経ると玄関に入るなり壁に押し付けられるようなことがなくなり、セックスよりもただ肩を寄せ合って過ごすことが多くなった。
 付き合いが長くなると変わることは色々とある。ウィルがトイレやシャワーから帰ってくると、時々ダグはぼーっと携帯を眺めていることがあった。通り過ぎざまにさりげなく後ろから覗き見ると、友人がFacebookにでも投稿したものか、スキー場で撮った集合写真だったり赤ん坊の写真だったりする。
 ある種のホームシックなのだと思う。フライトが多大なストレスになるウィルの代わりにダグは休みのたびにイギリスに来てくれるが、それはつまり家族や友人と過ごす時間を犠牲にするということだ。たぶんこれまで何度も誘いを断ってきたのだろう。仲間との旅行にも、大好きな遠距離ドライブにも、ウィルと出会ってからたぶん一度も行っていない。可愛がっているエリーだって人に預けることが多く、帰る度に機嫌を直してもらうのに苦労しているはずだ。きついに決まっている。
 ダグは不満なんて絶対にこぼさなかったが、過去に一度だけ、喧嘩した時に、「帰りがつらくて来たくないことがたまにある」とぽつりと打ち明けた。「空港までウィルが見送りに来てくれてバイバイする時も寂しいし悲しいけど、飛行機に乗ってひとりで泣きたい気持ちを堪えてる時に周りに楽しそうな家族連れやカップルがいると、世界で自分だけがこんなにつらいって錯覚しそうになる。別れた悲しさよりそっちの錯覚の方がしんどい」と。その後に「ウィルに会いにくるのは幸せだよ」とバツが悪そうにフォローしてくれたが、ウィルは自分の想像力の乏しさに心底落胆して何も言えなかった。感謝祭の時期にアメリカを訪れた時には自分が見送られる側にもなったのだが、飛行機に対する恐怖で周りの乗客どころではなかった。ダグがロンドンから帰って行ったあとは、あまりに静かで広い自分の部屋に慣れる事で手一杯だった。
 俺はいいからたまには休暇をゆっくりアメリカで過ごしたら、とダグを慮ったつもりで提案したこともある。その時はすごい剣幕で怒られた。
「どんなに愛情があって大好きでも一度行かなくていいやってなったら簡単に他の事が優先になっちゃうよ。そうやって段々スカイプ面倒、メールの返信後でいいや、会いに行くの時間も金もかかるしな、で遠ざかって行ってお互いもっと近くにいる別の人に目移りし出すの想像できないの? 俺は想像するよ、今俺から距離置いたらウィルは内心でどう思ってったって連絡とってこないだろうなって、それですーっと自然消滅して俺は地元でなんとなく恋人だかファックバディだかわかんない相手作って別れて、その頃には当然ウィルには良い人がいて俺は死ぬまで後悔するんだろうなって。ウィルを何より優先させて。俺の為に」
 ダグは交際関係というものをある意味とても割り切っていた。離れてたってずっと会えなくたって変わらず好き、というお伽話なんて信じず、他人同士が連れ添っているには愛情とは別に継続的な我慢と努力がないといけないということをよく理解している。
 ダグからもらっているものがあまりに多い、と思う。自分がどれだけ返せているのかよくわからない。
 ある夜、ダグの後にシャワーを浴びて部屋着を着て部屋に戻ると、ダグは濡れ髪のままソファでうとうとしていた。部屋着のスウェットパンツ(元はウィルのものなので丈が少し短く、剥き出しのくるぶしを見るのがウィルは好きだ)は履いているが上半身はバスタオルを羽織っただけの姿だ。朝は元気いっぱいで目覚める代わりに、気付くと電池が切れたように居眠りしていることが多い。
「ダグ」
 声を掛けると小さく身体を揺らし、寝ぼけた声で「うん」と答える。まだ目が覚め切っていないダグに向かって屈みこんで額に軽く唇を押し付けると、「ん」とさっきとは色合いの違う声が漏らされた。ぱちぱちと眠たそうに瞬きをするダグに「baby」と低く囁くと、敏感に睫毛がぴくっと揺れた。
 ウィルの普段の対応が対応なので(冷たくして悪いとは思っているがそれが無理のない平常運転なのだ)たまの飴にダグは弱い。甘やかした時のダグの照れくさそうなリアクションが好きで、だから時々こうして意識して機会を作る。気分としてはごっこ遊びに少し近い。
「寝ちゃうの?」
 尋ねると首を振ったので、「でもベッド行く?」と重ねて聞けば、ダグはふわふわした表情で頷いた。「オッケー」とお姫様抱っこをする素振りを見せると「やめて、事故が起きる」と嬉しそうに笑う。
 ベッドに仰向けに寝そべったダグにキスを繰り返す間に、ダグの手はウィルの寝間着のジャージを脱がせていく。その手が慣れた仕種でズボンにかかったところで上半身を起こすと、ずりおろそうとしたダグの動きが突然ぴたっと止まった。目を見開いて見上げてくるのを無視して、下ろされきるのを待たず自分で脱いで放り捨てる。反応は顕著だった。ベッドの前に立ってじっと見下ろすと興奮にはっきりと潤んだ目が小刻みに揺れた。
「どうしよ、俺もう完全に勃ってる」
「…そんなに好き?」
「だって普段すっごく地味なスーツとかよれよれのコートとか毛玉だらけのセーターとか穴開いたジーンズとか、しかもモノトーンばっかりなのに、脱いだらこれってエロくない?」
 さりげなくディスられてんのかな、と思いながら初めて穿いた下着を見下ろす。いつかのクリスマスにプレゼントされた真っ赤なビキニ丈のブリーフ。自分で選ぶことなんてまずありえない代物だ。非常に居心地が悪いながら舐め回すように見られるに任せていると、ベッドの上に腹ばいになったダグが下半身へ顔を寄せた。はあ、と熱を帯びた吐息がかかり、伸ばされた舌が下着越しにべろりと舐め、あぐあぐと唇で食み始める。
「……ん、」
 布を通しているのでやられる方からしたらもどかしい刺激だが、ダグは脱がせようとはしなかった。犬のような体勢で夢中で舌を使う。普段身に着けているものより薄手で伸縮性のある素材なのでそこが漲るに従って前が突っ張り下着越しにもはっきり形が浮き上がっていくのが、確かにエロいといえばエロい。だがウィルからしたらいつになく目をとろんとさせているダグの方がよほど刺激的だった。両手で頬を挟み込むと視線がこちらを向いて興奮を訴えてくる。指を滑らせうなじと髪の生え際をやわらかく擦る。こんなに早く肌が火照るなんて珍しい。「どうしてほしい?」と尋ねると、囁き声で、fuck me、と返って来た。
 ウィルはどちらかというとボトムの方が好きだし楽だとも思うが、抱かれている時のダグを見るのも好きだった。いつもあらゆる面で主導権を握ってリードしてくれる恋人がただ身を捩って快感を訴える姿を見ていると自分の中の加虐心が刺激される。
 穿いたままして、と懇願されて、下着をずらしただけの半端な格好でドッギースタイルで挿入した。ダグは必死に肩越しにこちらを振り返っては光景に耐えきれないというように肘を折ってシーツに顔を押し付け、また熱にけぶった目でこちらを見た。腰を支える手に思わず力が籠る。ろくに前戯をしていないのに最初からダグのテンションは最高潮で、始めてそう経たないうちに前触れもなく覚えのあるリズムで締め付けられて驚いた。
「ん……っ、待って、今イッた?」
「イッてない」
 シーツに額を擦りつけるようにして首を振ったダグの性器を探ってからベッドを撫でて「嘘つけ。シーツびちょびちょ」と教えてやってもなお首を振って否定する。背後から見る耳は真っ赤になっていた。抜き出して横に寝そべると、おそるおそる顔を上げて横目にこちらを見る。
「ごめん…」
「そんなに好き?」
 少し前にしたのと同じ問いを繰り返すと、真っ赤に紅潮した顔のまま「オカズにしたいから持って帰っていい?」と言われて、即座にその光景が脳裏に浮かんで下半身にぐっときた。ダグの頭を引き寄せると心得たように唇が胸に寄せられ、吸い付かれる。片手でまだ乾ききっていないダグの髪を撫でながらもう片手でコンドームを外し、まだ解放されていない自分の性器を扱き出す。
「……ンッ………」
 散々乱れる恋人の姿を見せつけられていたから、自分の限界も呆気なかった。仰向けになって天井を仰ぎ、はあ、と深い息を吐くと、肩にこてんと頭が預けられた。
「ありがと、ウィル」
「……こちらこそ」
「え? パンツ気に入った? 今年のクリスマスも同じのにする?」
「違う、こんなの一着でいい」
 くすくすと悪戯っぽく笑う恋人の脚に脚を絡めて引き寄せる。「ありがとう、ダグ」と呟くと、きっと何に対して礼を言われているのかはわかっていないのだろうが、目を細めてみせた。

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