サボテンも水を待っている

オムライスが遅い。
サラダうどんは早い。
肘をついてスマホを弄りながら、優多は隣りの席から漂うハンバーグの匂いに敵意を抱き始めていた。
ファミレスの狭い卓を挟んだ向かいにいる慧は、一足先に届いたサラダうどんを一心不乱に啜っている。同時にオーダーした筈だが優多の頼んだオムライスはなかなか到着しない。空腹を抱えながら、調子に乗ってエビフライをトッピングした事を徐々に後悔し始めた自分がいる。揚げ物は遅いのだ。追加料金数十円とはいえ、いやだからこそ、一人暮らしの大学生にはじわじわ悔いる出費でもあったし。
「あ、嘘、百瀬ミキがクスリで捕まったって」
ずるずると麺を啜り上げる小気味良い音を聞きながら、気を紛らわす為にスマホでYahooのニュースをチェック。夕飯を食べ終わったら大学の試験勉強にかかろうという予定なので、待っている間にテキストを広げるのが正しい時間の使い方なのだろうが、オムライスの事しか考えられない今、化学式なんぞ眺め始めたら気が狂いそうだ。
目についた芸能トピックスを読み上げてみたが、慧は特に反応するでもなく、レタスと海老をぱくりと口に入れて咀嚼し、また麺を啜り始めた。俯くと長めの黒髪が口の中に入りそうだ。
「大麻所持かー。やっちゃったなー。俺ちょっと前までは結構好きだったのに」
ずるずる。
「やっぱタレントってストレスすげぇんだろうな」
ずるずる。
「大麻って高いのかなー」
「栽培しようかな」
「…は?」
「大葉」
突然の言葉にぎょっとして視線を移すと、慧はレタスの合間に紛れたシソを摘み上げて補足した。紛らわしいなてめぇ。ていうか俺の話聞いてなかっただろ。優多はスマホを投げ出して、呆れながら傷んだ茶髪をかき上げた。
「大葉ウマいじゃん。家で気軽に食いたいじゃん」
「…はあ。お前自炊するんだっけ。すれば、栽培」
「大葉って栽培するの難しいかな」
「難しくないだろ、葉っぱだぞ。あ、お前あれか、小学生時代朝顔とか枯らしたタイプか」
「枯らしたタイプだぜ」
何故誇らしげだ。目と表情で突っ込んだ時、横から「お待たせしましたぁ」と声を掛けられた。振り仰いだ優多は頬を弛める。
待ち兼ねたオムライスの到着だった。デミグラスソース・オン・安定の半熟とろとろ卵。
「なー、今の店員可愛くなかった?」
店員が去るのを見送ってカトラリーケースからスプーンを拾いつつ、弾んだ声をかける。既に8割方食べ終えている慧は、カップの中の氷の隙間に残った野菜ジュースをずろろろろと吸い上げてから答えた。
「へぇ、優多派手な顔のが好きなんだ」
そういえば慧とは恋愛関係の話をしたことがなかった。慧は彼女を作らない。見た目からして軽そうな優多と違って、慧は真面目そうな容姿をしているし性格はいいから、女がよりつかないという訳ではないと思うのだが。
「んー、まあな。可愛いじゃんだって。ああいうタイプすぐ浮気すっけど」
「今彼女いないんだっけ」
「今はな」
「たまたま切れてるみたいな口振りだね。飲み物なんか取って来る?」
「あ、まだあるからいい。ま、試験明けたら合コンあっからそれまでのフリーな身」
会話を続ける時間ももどかしく、言い終わるなりスプーンを卵に差し込んで一口食べる。
うまい。なんてうまさだ。某ランキング番組で高評価だっただけはある。思わずガッツポーズが出た。
次に付き合う相手は料理ができる女がいい。家庭でも普通にできるものなんだろうか、こういうふわとろなやつ。
「お前、ここのオムライス好きだなあ」
一旦席を離れてドリンクバーでオレンジジュースを注いで来たらしい慧は、席につく前にカトラリーケースに何かをかちゃりと入れた。「なに?」ともごもご尋ねながら覗き込むと、「フォーク。なかったから」と返って来た。
「……ああ…エビフライ用?さんきゅ」
「ん」
「つかさ、お前もうちょっと頼めば?足りないだろ、食べ盛りの男子がいつもそんな軽食ばっかじゃ」
慧に勉強を教えて貰う事と引換えに、食事代は優多が持つ。かれこれ2年続いている試験前の恒例行事だ。バイトでどうにか食い繋いでいる優多は決して懐が豊かな訳ではなく、『遠慮しないでどんどん食え』などとはとても言えないが、それにしても慧は毎回毎回遠慮しすぎだった。
けれど慧は「いい、少食だから」と首を振り、残り少ないサラダうどんに取り掛かった。
そんなだからあんなに腰が細いんだよ、と思う。
ああそうそう、優多と慧には肉体関係というものがある。セフレというほど濃くはないが、たまに家で勉強を教えて貰う時、互いに気分が向けばする。二人とも両刀というやつで、成り行きでそうなった。
慧の裸の腰を掴む時、その細さにいつもドキッとする。今まで抱いたどの女よりも細い。なんとなく、謙虚で努力家な慧の性格が体型に顕れている気がして、その対極にいる優多はいつも罪悪感に似た苦々しさを味わう。
慧と仲良くなったのは慧が勉強ができるからだ。つまりは試験前にしか会わない体のいい友達。慧が勉強を教え優多が食事代を持つ。そういう関係だ。
現金な『友人』の為によく毎回毎回時間と労力を割いてくれるものだと思うが、それだけ頭が良くて人の好い同級生なのだ。


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