シー・ユー・ネクスト

 同じコンビニバイトの22時から6時のシフトに入っている同僚に、新海有希という男がいる。新しい海と書いてあらみ、だ。
 明るい茶髪に前髪が長く後ろを刈り上げたいかにもお洒落な髪型で、背が高く手足が長い。そしてぱっちりした二重をしている。深夜のコンビニにもかかわらず新海がまとう雰囲気はいつもぱっと明るく、たとえば縁と新海がふたりで別々の空いたレジに立っていると、客はまず間違いなく新海を選ぶ。彼は高卒でアマチュアバンドのベーシストをしている。プロのミュージシャンを目指しているのだそうだ。
 夢追い人のフリーター、しかもバンドマンなんて、新海以外だったら軽蔑の対象だったし絶対そんな人生上手くいかないというか上手くいくなと呪っていただろう。しかし新海は爽やかイケメンで熱心に自主的な活動をしながら夢を追っているだけでなくとてもいいやつなのだ。年上の縁相手にきちんと敬語を使うし、仕事中はよく気がついて重労働でも接客でも率先してこなすし、バイトを上がった後によく朝食に誘ってくれる。気を遣ってか恋愛方面の話は避けてくれるので聞いたことはないが当然気の合う優しい彼女もいるのだろう。それと出身高校の偏差値は高い。バンドのアカウントがYouTubeにアップしているライブ動画も見せてくれたが売れてもおかしくなさそうだった。
 目をきらきらさせながら笑う新海と会話した後、縁は決まって死にたくなる。新海に対して嫉妬は湧かないし話している間は楽しいし彼のことは好きだが、別れた後ただただ死にたくなる。誤魔化し誤魔化し自分はそこそこ上の方にいる人間だと思い込んで生きているのに現実を突き付けられるようで。
 その土曜日の朝も和やかに朝マックをご一緒した後、うららかな秋の光の差す中で自分を消し去りたい欲求に苛まれながら電車を待っていた。プライベートで出歩かないのに仕事まで家の近所だと狭い世界で終結してしまうと思ってコンビニは一駅だけ隣の駅を選んだ。無駄なあがきだ。交通費は支給されないのに。
 駅で電車を待っているとふと不思議な気持ちになることがある。
 気付くと生まれてから23年が経った。23年、かける365、つまり約8395日。その間休まず呼吸をし、食べて排泄して寝て動いてこの身体を維持してきた訳だ。特に華やかでもなく際立って不細工でもない中肉中背の純日本人然としたこの身体を。よく頑張ったなと自分で思う。
 同じ路線でも乗降客の多い駅には順次落下防止のホームドアが設置されているのだが、急行の止まらないどこか寂れた雰囲気のこの駅はまだ工事の順番が巡ってこない。だからホームの端に立って、車両と共に風が舞い込んでくるタイミングで一歩踏み出せば、落ちて死ぬ。
 たびたび想像してみては不思議な気持ちになる。こうして脳内で色々なことを考えていると自分はとても複雑な要素が絡み合って構成されている気になるが、もし踏み出してしまえばその数秒後には何もかもなくなっている。長い時間をかけて培った肉体も、終わることを知らなかった思考も。消えるのは一瞬だ。とてつもなく呆気ないなと思う。ほんの一瞬で、さっきまで存在していた橋本縁という人間は無になる。
 今日はそれを実践してみようかなと思った。土曜日の朝6時過ぎ、上りとはいえ利用客はまだ少なく、ホームにいる人は疎らだ。電車が線路を震わせる微かな振動が足元から伝わって来る。白線を越えてみようか。すべての感覚が、崖の底のような線路の上へと吸い寄せられていく。
「お兄さん、朝飯まだ?」
 ふいにすぐ耳元で声がして、びくっと肩が跳ねた。疲れと眠気でぼうっとしていた意識に急に現実感が戻ってくる。咄嗟に振り向けずにいるとぐっと肩に手が回される。真横に並んで立った男をおそるおそる横目で見る。男は黒いスーツを着ていてノーネクタイだった。30代後半というところか。
「カレー食わないか?」
 瞼のぽってりした眠たげな目を縁ではなく前方にまっすぐ向けながら、男は続けた。提案が唐突すぎて怖かった。声のトーンからして酔っている風ではない。ラリってる、あるいはイカれてる可能性はある。しかし身なりはきちんとしているし目も淀んではいない。ホームに電車が滑り込んでくると共に、癖の強い黒髪がふわふわ風に煽られる。
「農家してる友達がさ、この季節になると米送ってくれるんだ。魚沼産コシヒカリ。そいつは米作ってる訳じゃねえんだけど付き合いで貰うらしくってそれを俺に横流ししてくれんの。そこで俺はそれに最高のカレーを合わせることを目標としてる。毎年。今年は良い出来だぜ、二十年に一度の会心の作」
 ボジェレーヌーヴォのような口ぶりだ。「あの」とおずおずと口を開いた瞬間、目の前で電車のドアが開いた。男がぽんと肩を一度叩く。
「家、この電車乗って三駅だから」
 何が起きているのかわからなかった。ただ縁は呆然としたまま肩を抱かれて連行され、電車に乗り込んだ。


 道中、彼は今年のカレーへの道のりを語り続けた。曰く何年も神保町の老舗欧風カレー店に通い詰めて根負けしたマスターからレシピを聞き出したそうで、オリジナルレシピを作り出すべく試行錯誤してそれに一工夫を加えたらしい。縁はさっきマフィンとハッシュドポテトを食べたばかりなのだが。
 男の家は駅から徒歩5分、こじんまりした商店街から一本逸れた道にあるごく平凡なワンルームマンションで、キッチンスペースを抜けてドアを一枚挟んだ洋室へ入ったところで「ベッドかクッションに座ってて」と言われて縁は迷った。清潔そうとはいえ見ず知らずの男のベッドに座るのは気が引けるが、男の示したクッションとはいわゆる人をだめにするアレで、これまた気楽に腰掛ける気になれない。迷った末直にフローリングに座ると、男は特に何か言うでもなくキッチンへ引き返していくと、「インスタントコーヒーでいい?」とマグカップを手に戻って来た。
「カレーはあるんだけど米は今から炊くから40分待って」
 40分。長い。ロウテーブルに置かれたコーヒーには手をつけずじっとしていると、男は壁沿いに置かれたブリーフケースを探って銀色の名刺入れを取り出し、テーブルの上へ一枚滑らせた。友部考、と書かれた上に、KOH TOMOBEとローマ字表記で添えてある。そして文具会社の名前が載っていた。経理課長だそうだ。
「Facebookいいねして」
「Facebookやってないです」
「名前は?」
「……橋本縁です」
 自分のフルネームを口にするのはなぜこうも痒いのだろう。女性名のような響きに抵抗があって自己紹介する時毎回舌がもたつく。友部は小さく首を傾げてみせる。
「ゆかり。漢字は?」
「縁もゆかりもないの縁」
「例えがネガティブ」
「わかりやすいじゃないですか」
 肩を竦めて踵を返した友部はジャケットを脱いでラックに吊るすとワイシャツの袖をまくりながら再びキッチンに消えた。しばらくして水音と米を研ぐ音が聞こえだしたので言葉通り米を炊くようだ。少し迷ってからコーヒーに口をつけ、テレビのない部屋を縁は見回した。ハンガーラックと木製のロウテーブル、ベッドとベッドの上に乗ったノートパソコン以外はろくに物がない家だ。ベッドの下の収入に私物を押し込めてあるのだろうか。広さはそんなに差がないが男の一人暮らしらしく雑然としている縁の家とは違う。
「さてと」
 戻って来た友部はロウテーブルを挟んだ向かいにあぐらをかいて座った。
「ちなみに時間大丈夫?」
「……今更聞きますか?」
「雰囲気的にバイト終わりっぽかったから大丈夫かと思ってさ。ただこれから大学あるのかもって」
「学生じゃないんで。大丈夫です」
 口にした瞬間ちりっと焦燥に似たものを覚えた。
 学生、という身分がいかに自分に安心を与えてくれていたのか、縁は大学を出てから知った。学生証で身分と立派な所属先が証明できたし、バイトしていようがなかろうが講義を受け勉強することが本分だった。進学は厳密には自分で選んだ道のはずだが、敷かれたレールの上を走っている感覚だった。今縁の手元にあるのは原付の免許だけで、ただ自分の生活のために働いている。フリーターでいる限り卒業だとか新たなスタートというゴールはない。何か明確でしっかりした団体に帰属しないことがこんなに不安なことだと思っていなかった。学生という職業を失った途端何者でもなくなった気がする。
 友部は腰を浮かせてラックにかけたジャケットの内ポケットからスマホを取り出しながら「バイト何してんの?」と話を振ってきた。
「コンビニです」
「深夜の?」
「はい」
「昔やったことあるけど意外に重労働多いよな。あ、てことは帰って寝ないとなのか」
「日曜は休みなんで別に……あの、俺なんで家にお邪魔してるんですかね」
「帰りたければどうぞ」
 しれっとそう言われると、帰らなくてもいいかなという気になってくる。友部は「あ、トイレはキッチンのシンクの真向かい」と肩越しに背後を指差してからスマホをいじりだした。縁は黙ってコーヒーをすする。ボディバッグの中のスマホは電池が切れかけていた。メールを打っているのかなんなのか無音で画面を操作している友部をこっそり観察する。なんとなく外国の血が入っているのかと思うような鼻筋の通った顔だ。
 しばらく無言で過ごした後、ふいに友部が腰を上げた。またキッチンへと去って行く。なんとなく耳を傾けていると、冷蔵庫を開け閉てする音の後にコンロにフライパンを置く音が続き、じゅっと熱した油の中にものを入れる音がした。そして炊飯器が炊き上がりを知らせるメロディーを奏でる。手持無沙汰なので開けっ放しのドアからキッチンを覗いて「なんか手伝いましょうか」と尋ねると、カレーを鍋にかけていた友部に「もうできるから座ってて」と言われた。なんというか、知らない年上の男とする会話に思えない。
 ややあって供されたのは、おいしそうなカレーライスだった。皮をカリッと揚げ焼きにした鶏肉が上にころころと載ったチキンカレー。高いと知っているからか皿の半分を占めている白米がやたら艶々と輝いて見える。同じ内容物の皿をテーブルに置いて友部も向かいに座る。「いただきます」と宣言する友部に倣って縁も手を合わせ、スプーンを差し入れて白米とカレーを当分になるようにすくい、口に入れた。
「……なんでカレーなんすか」
「好きだから。美味いだろ?」
 カレーは確かに美味い。今まで食べたことがないくらいに美味い。素朴な甘みの中にコクのある辛さがあり、スーパーで売っているルーを放り込んで作るカレーとは明らかに違った。大学時代たまに入っていた評判のいいインドカレー屋のバターチキンカレーともまた全く趣が違って美味い。
 が、米自体の良さはよくわからなかい。なにせカレーと一緒に食べても噛み締めて滲み出る甘さだとか微妙な味の差なんてわかるはずもない。これ漬物とか魚の塩焼きとかもっとシンプルなおかずと合わせるべきなんじゃ、と思いつつもスプーンを動かし続ける。すきっ腹でも満腹でもなかった胃にカレーライスはするする収まっていった。
 食べている間何の会話をすることもなく、ただ食べることに集中しながら食べた。「ごちそうさまでした」はほぼ同時だった。腹がいっぱいで眠たくて、ホームに立っていた時はまた違う現実感のなさにふわふわと囚われる。朝っぱらからよく食べた。縁は細い割に食べる方だとよく言われるが、朝食をこんなにがっつり食べたのは久々だ。「洗いましょうか」という申し出を友部は再度退けた。
「じゃあまた来週」
 どういうジョークなのかよくわからない挨拶でゆるゆると手を振って送り出され、階段を降りてマンションの前に出てからつい振り向いたが、建物は跡形もなく消えていたりはしなかった。
 ただ、帰りの電車の中でふと『友部考』で検索してみたが、Facebookはヒットしなかった。なんだったんだ、あのおっさん。


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 就活で狙っていた数社に落ちて「もう俺就活やめるわ」と宣言した時、縁に危機感は一切なかった。わざわざ企業の人事に媚びへつらわずともフリーターでも食っていけるし、食っていけなくなったらそれまでだと思っていた。友人連中のリアクションも「うおーまじかー」「ユカっぽいね」程度のもので、特に反対もされなかった。今思えばみんな他人の将来にかかずらっている暇がなかっただけの話だが。
 しかしいざ卒業してみると友人は全員どこかしらへ就職し居場所を得ていて、グループLINEにはすぐに職場の愚痴が乱舞した。フリーターが正解だわ、と言ったやつもいる。縁はもう長いこと既読をつけていない。ごくごく親しい友人とはやりとり自体はしているが、遊びの誘いには応じる気になれなかった。
 良い意味でも悪い意味でも放任主義の両親は大学進学と共に家を出た縁のことは取り立てて気にかけておらず、「まあ大学出てバッグパックひとつで世界旅行に出るような子もいるしね」と縁以上にのんびり構えていた。世界旅行とフリーターでは積める経験が全然違う。海外へ飛び出さずともバイトをしながら追いたい夢なり突き詰めたい趣味があれば別なのだろうが、縁にはこれといった特技も好きなことも何もない。ふわふわとそれなりに楽しく生きて来て、これからもなんだかんだそうやって暮らしていけると思っていた。社会人として成長していく周囲から取り残されていると実感するまで。ほんの少し前まで、世界は自分を中心に回っているような感覚を何の根拠もなく持っていたのに。
 日が経つにつれ、縁は漠然とした不安感に襲われていた。これから改めて働き口を探すにしても新卒より遥かに不利に違いなく、不採用通知を何十回受け取らなければいけないのかと想像すると目眩がする。条件を妥協さえすれば就職先はあるのだろうが、大変な仕事を続ける自信がない。なにより縁にはやりたいことがなかった。だから気楽なアルバイト暮らしは性に合っているはずなのに、開き直る度胸もなく、日々不安に苛まれ続けている。こうしている間に気付いたら三十歳になり四十歳になるのではないか。
「オレも将来はちょー不安ですよ。大学くらいは出とけって親には言われて随分喧嘩しましたし」
 と新海は言う。
「でも、自分のやりたいことはハッキリしてて、勉強に身なんて入らない事わかってたんで。それに大学は本気で入ろうと思えばいつでも入れるし、だったら今情熱が向いてる先に全力で向き合いたいなって」
 バックに情熱大陸のBGMを流したい。
 友部のことはカレーの一件以来奇妙な思い出として記憶の隅に追いやられていたが、新海と朝食を食べていつも通り心の中でゲロを吐きながらホームに立ったある日の帰り、ふいにあの日のことがぱっと脳内に甦った。そうだ、なんとなく夢の中の出来事のように思っていたが、向こうからのオファーとはいえごちそうになったのだし礼のひとつくらいするものなのではないだろうか。そういう礼儀関連の常識が自分には欠けている自覚はある。一か月ほど遅れだが今からでも何かしようと、珍しく行動する気になった。幸い今日は土曜だ。
 家の最寄駅を過ぎ、三つ先の駅で降りて、9時を回るまでコーヒーショップでカフェオレを飲みながら時間を潰し、構内の洋菓子屋でちょっとした焼き菓子の詰め合わせを買った。いなかったらそれまでだ。前回来た時は商店街の街路樹が赤や黄に色づいていたが、今はすっかり枯れて落ち葉が根元にわだかまっている。マンションへ行き、表札を確認してからドアチャイムを押すと、間を置かずにドアが開いた。
「よう」
 友部は灰色のフリースに黒いジャージのズボンというラフな私服姿だった。シャワーを浴びたのか髪が濡れている。まるで約束があったかのようなフラットなテンションで迎えられて縁は戸惑った。
「あの、こんにちは」
「こんちは。朝飯食った?」
「……食いました」
 頭の中で用意した台詞が吹っ飛ぶ。あれ、俺この人と友達だっけ?
「まだカレーが残ってるんすか?」
「食い尽くしたけど米はあるよ。寒いだろ、まあ入りたまえ」
 促されるまま、縁は友部の家に入った。調子が狂いまくる。


 縁の持参した焼き菓子を友部はすぐに開封し、コーヒーを淹れて一緒に出してくれた。ベランダに洗濯物が干してあるのをなんとなく眺める。
「ここ何日かマンションのあたりどうも異臭がしてさ」
 とマドレーヌをぱくつきながら友部は言う。
「朝ジョギングして帰ってきた時にぴんときて一階の室外機の下覗いたら子猫が死んでた」
「……え。どうしたんですか」
「その部屋のおっちゃんに声かけて死骸引っ張り出して、役所に金払って合同火葬頼んで引き取ってもらった。食うもんない野良が寒くなってきてあそこに潜り込んでたんだろうな。侘しい話だよ」
 淡々と話す友部を縁はまじまじと見つめた。
「友部さんって」
「なに。褒めてくれんの」
「いい人なんですね」
「あ、ほんとに褒められた」
 ふっふ、と笑う。コーヒーカップに口をつける友部を縁はなおも見つめる。
「普通火葬とか頼まないっすよ」
「ゴミとして回収はしてもらいづらいだろうよ」
「いくら払ったんすか」
「2040円。ペット霊園に委託して納骨までしてくれんだって」
「はー」
「人の葬式より格段に安いだろ」
 比べるものではないと思う。
「猫が好きなんですか?」
「好きでも嫌いでもねえよ」
「俺なら見なかったことにするなー」
「んー、見なかったことにできねえ時っていうのがあるんだなー」
 それでカレーに誘われたのだろうか。金がなくて常に飢えているカツカツの大学生にでも見えたのだろうか。なんとなく聞けないまま、「どっち?」と友部が差し出すバニラクッキーとチョコクッキーの袋のうちチョコクッキーをとる。お菓子を食べ終えると友部は当たり前のように「も少ししたら昼飯食ってく?」と言った。
「食ってくれるやついるならもっと送ってもらえばよかったな、米。独りで食うの勿体無い気がして5キロしかもらってねえんだよ。会社の連中は白米食いに埼玉まで来たくねえって言うし」
 会社という単語に縁のテンションは無条件に下を向く。でもまだ帰りたくはなかった。だから素直に「はい」と答えた。


 帰り道、あくびを噛み殺しながらスマホを見るとLINEの通知があった。高校の同級生から暇だったら飯行こうぜという連絡。縁は高校までは東京で進学に合わせて埼玉に引っ越したのだが、たまたま近くにそいつが住んでいたので大学時代もよく遊んだ。院に進んだ彼はまだ学生で、今でも気楽に話せる稀有な相手だ。
『悪いもう食った。なんか駅で会ったおにーさんに手料理食わせてもらった』
 レスポンスはすぐにあった。
『なにそれ笑 宗教の勧誘的な?』
『いやふつうに。会うの2回目』
『意味わからん ユカっぽいわー笑笑』
 友人の言う「ユカっぽい」というのは、おまえマイペースで無頓着だよなという意味らしい。悪い文脈で使われている訳ではないし以前は言われて嬉しかったが、最近縁は突き放すようなニュアンスをそこに感じるようになった。縁の動機や感情を友人たちは理解する気がないんだなと思ってしまう。あー順調に病んでるな俺。新海と楽しくお喋りしては死にたくなっていることなど彼らは想像もしないだろう。
 しかし友部との付き合いが意味がわからないのは確かだった。子猫の話のような雑談をだらだらとした後、昼時になると友部は魚のホイル焼きと豆腐の味噌汁を手際よく作ってたくあんと一緒に出してくれた。美味かった。他人の作ってくれる料理というのはそれだけだって美味い。実家で食べていた黄色くてしょっぱいたくあんとは違う、無着色で甘さの強いたくあんも美味しかった。
「じゃ、また来週」
 先月と同じようにふざけた言葉で送り出され、玄関を出がけに縁はふと振り向いて「来ていいんすか?」と尋ねた。本気じゃなかった、と思う。ゆるい態度の友部の困った顔が見てみたかった。けれど友部はあっさりと「うん」と答え、片手をひらひら振りながらドアを閉めた。何秒間か、クリーム色のペンキの塗られたドアを眺めてしまった。

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[mokuji]



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