アスチルベの咲く

「加瀬さんって、いつもあの店で相手探してるんですか」

加瀬と入れ替わりでシャワーを浴びた後、要介はバスルームからベッドの前へ戻ってきながら、椅子に座って煙草をふかしていた加瀬に問いかけた。今度は加瀬もホテル備え付けの寝間着を身につけている。

「あー?違えよ、別にそんな目的であの店行ってる訳じゃねえよ。あそこはそういう店じゃないから誤解しないように」

加瀬は苦笑しながらこちらを向いた。ロウテーブルを挟んで向かいの椅子に腰掛けながら、要介は探るように質問を重ねた。

「でも、慣れてましたよね」
「そりゃあ遊んだ経験くらいはあるからな」
「これって遊びなんですか?」

問い掛けてから、これじゃまるで面倒臭い女みたいな質問だ、と要介は気付いて慌てて言葉を継いだ。

「いや、あの、俺にとっては世界が広がった感じだったので。こういうの遊びって言う感覚、やっぱ俺にはわかんないというか、そういう風には、言わないで欲しいと、いうか……」

しどろもどろになって結局中途半端に口を噤む。
数秒間、加瀬は黙った。感情の読めない大きな目に見つめられて、要介は必死に見つめ返すしかない。自分の意見は真面目すぎるだろうか。人生経験豊富な男には重いと思われるか。そこまで考えて、自分は目の前のこの人に好かれたいと思っているのだと気付いた。
いや、なんなら好かれなくたっていい。何かしらの印象は残って欲しい。このままさよならしたきり忘れられてしまうのは嫌だ。
と、加瀬がロウテーブルに片手をついて身を乗り出してきた。

「お前さあ」
「は、はい」
「男に言うのは憚られっけどさあ」
「はい…」
「可愛いなあ」

何を言われるのかと思えば、加瀬はそんな風に言って破顔して腰を浮かせ、最中にそうしたように要介の首を抱き寄せた。鼻先を加瀬の肩口に押し付けるような形になりながら、要介は「は、はい?」と曖昧な相槌を打った。

「要介のことを遊びだって思ってる訳じゃない。セックスしたのだって久しぶりだよ。じゃなきゃあんなに早くイったりしねえからな、俺」

後頭部を押さえ付けられたまま、加瀬の声を聞く。低められた声はバーで飲んでいた時より幾分か掠れていて、色気を増していた。

「本当は要介の顔見た瞬間誘いたいと思ってた」

ドキッと心臓が跳ねた。それは…口説く時の常套句だったりするのだろうか。それとも本心から言ってくれているのだろうか。誰かと比較して『上手い』と褒められたことや、『好きな体勢』と言って慣れた様子で指示をされたことを思い出し、跳ねた心臓が今度はギュッと縮む。
リアクションを返さない要介をどう解釈したのか、顔の見えない加瀬が続けた声には自嘲するような響きが混じっていた。

「普段はノンケに手ぇ出すような事はしてねぇけど、まあ、タイプどストライクだったからさ。酔わせて失恋の傷につけこむようなことをした訳だけど」
「そんな」
「いやほんとに。お前が拒否反応らしいもんも見せないでくれたの結構嬉しかった。相性もかなり良かったと思うし。…でも良かねえよな、こういうのは」

付け込まれたなんて、そんな風には思っていない。酔いだってホテルに着く頃にはすっかり醒めていた。むしろ今、要介だから求めたのだという加瀬の吐露が、震えそうなほど嬉しい。
首に回された腕が若干緩んだのを感じて、要介は逆に加瀬の身体に腕を回した。余裕だらけの加瀬にリードされているように思っていたのに、実はこの男も多少なり不安を感じていたのだろうか。肩に寄せた鼻に煙草のにおいが満ちる。

「あの…バーで言ってたじゃないですか、加瀬さん、恋の基準は『相手の特別な存在になりたいって思ったら』って」

言っていいのだろうか、と躊躇いながらも、気持ちが先走って言わずにはいられなかった。要介の思いが仮に愚かだと思われたとしても、加瀬ならきっと上手く流してくれるだろう。そういう意味で甘えさせてくれる力が、抱き締めた相手にはあった。

「俺、思っちゃいました。加瀬さんの特別になりたいって」

ドキドキしながら告げた。狭いビジネスホテルの部屋に、その言葉はいやに生々しくぽつりと落ち、頬が赤くなるのを感じる。
加瀬の表情を窺おうと顎を持ち上げかけたが、何故か加瀬に再び後頭部を押さえ付けられた阻まれた。こうなると感情を判断する術がない。ナイトガウンの肩越しに味気無い壁紙を見つめながら、要介が身体を固くして加瀬のアクションを待っていると、不意に加瀬の身体が小刻みに震え始めた。

「か、…え?」

今度こそ身体を離して加瀬の顔を見ると、何故か加瀬は堪え切れないといった風にくつくつと笑っていた。呆気にとられた要介の顔を見て改めて吹き出し、肩を震わせながら今度は声を上げて笑う。
からかわれているのかと思って要介の目には涙が滲みかけたが、そうではないらしい。「あー、悪い、真面目なとこなのにほんとごめん」と加瀬は詫び、いやな、と椅子の上でもぞもぞとあぐらを組んだ。

「あのバー、アスチルベって名前だっただろ?あれ花の名前らしいんだよな。マスターが好きな花なんだって。暇な時にどんな花か見てみようと思って検索したら花言葉が出てきて、それを急に思い出して」

恋の訪れ、なんだって。
加瀬は「柄じゃねえな」と口元を覆って照れ臭そうに笑い、そのまま掌越しにくぐもった声で要介に言った。

「要介が…本気になっても良いっていうなら、俺はなるよ」

ああ、可愛いなあと思ってしまった。
きっとこの人は、飄々とした態度の裏に色々なギャップを隠し持っていて――その色々を見てみたい。これから見られる立場にいたい。

「なってください」

真面目な顔で要介が答えると、加瀬は口を覆っていた手を外して、無言で要介の頭をぽんぽんと叩いた。
その感触が妙に心地よくて目を閉じる。そういうつもりではなかったのにまるで当たり前のように重ねられた唇に、心が満たされていくようだった。

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