アスチルベの咲く

加瀬は『アスチルベ』から程近いビジネスホテルへ要介を先導すると、喫煙可のツインの部屋を取った。
ラブホテルと違って壁が薄そうだし、ソウイウ行為をするのには向いていないのではと要介は焦ったが、「寂れてるから隣に客がいることなんてまずないだろ」という加瀬の言葉通り隣の部屋は空室のようで、壁に耳を押し付けても何の物音も聞こえてこなかった。
部屋へ入ると、「俺、準備もあるから時間かかるし、先シャワー浴びて来て」と加瀬に告げられた。準備…。準備ってなんだ。と考えて悶々としながら、スーツを脱いでハンガーにかける。
手狭なユニットバスのシャワーで身体を綺麗に洗い、ホテル備え付けの寝間着を身に着けてバスルームを出る。煙草を吸いながら待っていた加瀬は、要介と目が合うと、特に何を言うでもなく入れ替わりでバスルームへ入って行った。
なんだか落ち着かず、要介は狭い室内をうろついて気を紛らわせるものを探した。テレビはカードを買わないと見られないタイプのようだ。奥のベッドに腰掛け、サイトでニュースでも読もうかと携帯を開いてみたが、微かに聞こえてくる水の跳ねる音が妙に耳について、視線は文字の上を上滑りするだけだった。残念なことに酔いはだいぶ醒めつつあって、これから何が起こるのかという不安が頭の中をぐるぐるし出す。
やがて水音がやみ、バスルームのドアが開くと、要介は恐る恐るそちらに目を遣った。
加瀬は、下腹が出ているでもなくほっそりとした体躯をしていた。筋肉はついているようなのだが、骨が細いのか、こうして全身を眺めると華奢に見える。女性のような滑らかな丸みは当然どこにもないが、あくまで男性の身体としてのセクシーな魅力はあった。
そうして観察していたら目が合ってしまったので咄嗟に目線をずらすと、加瀬は眉を上げて、先ほどまでと変わらないトーンで話しかけてきた。

「どう?勃ちそう?」
「え…いや…えっと」

素っ裸のまま恥じらいも無くずかずかと近寄ってくる加瀬を見て、要介は若干及び腰になる。そんな要介を見て僅かに口元を緩めつつ、加瀬が屈んで足元に座り込んだ。要介が身に着けているナイトガウンのボタンを下から外し、下着を穿いていない下肢が露わにされた。

「あ、なんだ。もう勃ちかけてる」

ごつごつとした加瀬の指が敏感なそこに触れて、思わずびくっと身体を引きかけた。加瀬は確かめるように掴んでゆるく扱き上げると、

「若ぇもんなぁ…」

枯れた一言を吐いたかと思えば、その唇にぱくりと、いきなり咥えた。
あ、嘘。
濡れた感触と熱に包まれる感覚に、無意識に腰が浮きかけた。
口淫は彼女にさせたことはないし、玄人相手でも数える程の経験しかない。愛情があってもそう気軽にできる行為ではないと思うし、同性ならば尚更だと思うのだが――バーでフライドポテトを口に運んでいたのと同じように、男に普通の顔で咥えられた。目の前の光景に現実感が湧かず、眩暈を覚える。
暫く味わうかのようにゆったりと口内へ出し入れしていた加瀬は、やがて唇をすぼめ、音を立てながらしゃぶり出した。じゅぶじゅぶと卑猥な水音に耳を犯され、思わず声が漏れる。背徳的な行為に及ぼうとしている興奮に僅かに硬くなっていた要介のものが、与えられる直接的な快楽に完全に勃ち上がるまでに、そう時間はかからなかった。
女性が口を目一杯に開きながら奉仕してくれる姿は、要介の目には苦しそうで見苦しく映って、正直を言うと好きではなかった。だからフェラチオで興奮したことは今まで無かったのだ。けれど、女性よりも大作りな男性の口には若干の余裕があるらしく、加瀬の唇は易々とそれを受け入れている。

「ん、ふ、」

忙しなく鼻で呼吸をしながら漏れる加瀬の声に、酔い痴れるような色が混ざる。ベッドに腰掛けている要介からは床に跪いている加瀬の下半身は見えないが、左手で要介の竿を支えている加瀬の右肩が規則的に動いているので、恐らく自身を慰めながら要介を昂ぶらせているのだろう。一方的な奉仕、というよりは、互いの性感を高める為に行われているのだと思うと、急速にボルテージが上がっていく。
ああ、なんだこれ、気持ちいい。
とろとろと先走りが漏れているのを自分で感じる。加瀬の舌がそれを舐めとり、更に分泌を誘うように吸いつく。その刺激に腹筋が小刻みに震えた。
これ以上されたらまずい、と思った時、

「うん、いいね」

あっさりと解放された。弾けるように加瀬の口内を飛び出した自分のものを見て要介は気まずい思いで目を逸らしたが、加瀬は構うことなく「すげーいいね」と呟いて、要介にベッドに横になるよう指示した。
要介は言われるがままに恐る恐る仰向けになった。少し首を持ち上げて足の方を見ると、そそり立つ自分のものが目に入る。完全に天井の方を向いて直角に立ち上がっている。あまりに直截的に快楽を訴えるそれを、羞恥と興奮がないまぜになった気持ちで要介は眺めた。
加瀬は床にしゃがみこんだまま何かやっていたかと思うと、ベッドに上がり膝立ちになってにじり寄って来た。要介の腰を跨ぎ、片手を要介の腹の上につく。そうして後ろ手に要介の屹立を掴み、少し腰を動かして位置を調整した。敏感な先端が加瀬の後孔に触れたのが解り、それまで何をするのだろうと黙って見守っていた要介は思わず上半身を起こした。

「あ、え、もう入れるんですか?」
「ん?風呂場で慣らして来たから平気。今ローション垂らしたし。ローションっつうかアメニティーの乳液だけど」

慌てる要介をよそに加瀬はあっさりと答え、ゆっくりと腰を下ろした。狭い入口を押し開くようにして、抵抗を受けながら先端が入った。と思ったらそのままスムーズに全てが飲み込まれていき、ごくりと喉が鳴る。
きつい。そして、熱い。
そしてその感覚よりも強烈に、視覚からの刺激にクるものがある。
相手は今日たまたま出会ったばかりの人間で…しかも充分中年と呼んでいいような年齢の年上の男性なのだ。なのにそんな相手に挿入しているのを目の当たりにしても、要介は嫌悪感を覚える事はなかった。本来何かを受け入れる風にはできていない場所に迎え入れられているという事実に強い興奮を覚える。それに、少しだけ耐えるように眉を寄せた加瀬の表情には、ノンケの自分でもそそられるものがあった。色っぽい顔をしている、と思う。
バーにいた時はただの気の良いおっちゃんにしか見えなかったのに、反則じゃないのか、このギャップ。
要介を根元まで収めきると、加瀬は深い溜め息を吐いた。それから要介の腹に手をつき直し、両膝を持ち上げて、結合部を見せつけるかのように大きくM字に脚を広げた。
開脚された加瀬の内股は妙に綺麗だった。日に晒されていないそこは白くて見るからに滑らかな肌をしていて、見てはいけない部分を見ているような禁忌感を覚える。そろそろと加瀬の顔を見上げると、加瀬は「動くぞ」と小さく告げた。途端にぬるりとした内壁に擦られる快感に襲われ、要介はうわずった声が出そうになるのを堪えてシーツを掴んだ。
ゆっくりと尻を持ち上げ、また下ろす。形を確かめるようにきゅうっと食い締めてから、またゆっくり抜いて行き、下ろす。要介の上でそんな動きを繰り返す間に、加瀬の頬が徐々に紅潮し出した。うっすらと開かれた唇から覗く赤がなまめかしく、要介は急に喉の渇きを覚えて唾を飲み込んだ。

「あの」
「うん」
「痛くないんですか?」

野暮な質問かと思ったが、少し心配になって聞いてしまった。

「んー?気持ちいいよ?」

リップサービスでそう言っている訳ではなさそうだった。伏せられた加瀬の目は欲情で爛々と光っている。そしてそれよりも如実に快感を物語っているのは、臍につくくらいに反りかえった加瀬のものだった。
俺の、挿れて、こんなになるんだ。
男性の快感は、女性のそれよりも正直で、解りやすく見た目に現れる。ひく、ひく、と時折揺れる屹立が、はっきりと快楽を訴えていた。それが素直に喜ばしい。

「ちょっと腰動かしてみ」

請われて恐る恐る突き上げると、加瀬は呼応するように気持ち良さそうな声を漏らした。目で続けるように促され、ぐっぐっと継続して腰を動かす。その内に勢いづいてきて、夢中になって加瀬の中へ出し入れした。されるがままにがくがくと揺さぶられる加瀬にもっと感じて貰いたいという欲が湧く。

「んッ、上手いよ…」

手を後ろ側について身体を反らせながら、加瀬は呟いた。

「なんで彼女に、捨てられたんだか、わかんねぇな」
「………」

彼女相手にこんなに夢中になったことはない、とは言えない。
こんな風に気持ちが昂るセックスは知らなかった。表情や仕種のひとつひとつに煽られるような。もしかして、加瀬によって要介自身も知らなった性癖の扉が開けられようとしているのだろうか。
要介が顔をしかめると、彼女の事を思い出させた為だと思ったのか「あ、わりわり」と加瀬は悪びれず謝って、その直後に「ん、」と喉の絞られたような声を出して目を細めた。その変化が堪らない。

「あ、俺のさ、好きな体勢になっていい?」
「っ、はい」
「じゃ、身体完全に起こして、膝立ちになって」

要介が手を後ろについて傾けていた上半身を垂直に起こすと、加瀬は逆に、上半身を倒してベッドに仰向けに寝そべった。

「膝…俺の、抱えて」
「…こうですか?」
「あ、もっと高く。俺の腰浮くくらい、…そう。それでもっと奥、来て」
「………」

ずぶずぶと音がしそうな体勢だった。上から貫くような形で、陰嚢が臀部に密着するまで潜り込む。先程よりも、深い。奥の奥まで埋め尽くしたような感触があり、先端が行き止まりに当たっている。

「あー…いい、すげ、」

満足げな呻きを漏らし、唾を飲んだ加瀬の喉がごくりと上下した。その喉仏に堪らない色気を感じて咄嗟に唇を寄せたくなったが、辛い体勢を強いてしまいそうなので堪えた。眼下で加瀬の勃ち上がったものが、ひく、ひく、と生き物のように揺れた。…生理的なその動きが、他人のものになると…というか加瀬のものになると、こんなに官能的に映るのか。
くるりと上目遣いで要介を見て、加瀬が言う。

「動いて」

『よし』を言われた犬のように、要介は即座に動き出した。のし掛かるように突き込む体勢は先程よりも『犯している』という感覚が強く、興奮ですぐに息が上がる。
律動に合わせて、あえかな嬌声が加瀬から零れ落ちる。女性みたいに甘い声ではなく、むしろ男性の中でもハスキーな声質なのだが、反射的に漏れているようなその喘ぎ声は不快ではない。安っぽいベッドが軋む音に混ざって、自然に耳に馴染む。
押し開いては引き抜くリズムに合わせて、加瀬の性器が大きく揺れては要介の腹を叩く。本来なら自分と同じように誰かを組み敷いて犯す側の男が、男に思うがままにされてよがっている。倒錯的で、理性が飛びそうになるくらいに扇情的だった。

「はっ、あぁ、あ!要介、やべ」

不意に加瀬の声が切羽詰った響きを帯びた。何がやばいのか…と思った直後、加瀬が目を閉じて顎を反らした。ひゅ、と息を吸い込む様を見てその意味に気付き、視線を下腹部に向けると、加瀬自身が弾けたところだった。
白い液体がぱたぱたと加瀬自身の臍の周りに散る。一拍遅れて、隘路が要介を絞り上げるかのように大きく蠕動した。

「…っ」

一気に持って行かれそうになったが、まだこの快楽の海に浸っていたくて必死に堪えた。射精を我慢したいと思ったことなんて初めてだ。欲求に身を任せてしまった方が楽ではあったが、出したらそこで終わってしまうのかと思うと、まだ惜しかった。
苦しそうに息を吸う加瀬の呼吸が整うのを待つために動きを止めて、至近距離でその顔を見つめる。華やかな顔立ちでこそないが、パーツがバランス良く配置されていて、一般的に男前という部類に入る容姿だろう。
このひとをこんな風に組み敷いて感じさせるのが、俺だけだったらいいのに。
睫毛が長い、ということに気付いてドキドキしていると、その睫毛がふるふると震えてからゆっくりと開かれた。黒眼に自分の顔が映りそうな距離で目が合って我に返った要介は、慌てて身体を起こした。
潤んだ目を眩しそうに瞬かせ、加瀬が掠れた声を出す。

「わり、俺だけ先にイっちゃった」

気まずそうに眉尻を下げた表情に見上げられた瞬間、要介は不覚にも、自身に更に血が流れ込むのを感じた。物理的にも大きくなったと思うのだが、咥え込んでいる加瀬はそれに気付いたのか気付いていないのか、表情を変えずに言葉を続ける。

「また口でしようか?それともこのまま中に出すか?」
「あ…えっと、このまま…」

おずおずと答えると、加瀬は少し気怠そうな鼻声でウンと頷いて、それからにかっと笑った。それを契機として、要介は猛然と腰を使い出した。

「あッ、ア、ア、」

一度解放したからか、加瀬の喉から溢れる声に泣き声のような響きが混じる。もしかして苦しいのか…と思いながらも、理性は片隅に追いやられて律動を止めることができない。むしろ加虐心を刺激されて、身体中が熱くなっていく。
と、「要介、要介」と腕が伸びてきて首に回され、顔を引き寄せられた。耳に加瀬の唇が触れてびくりと肩を竦めると、囁くようにして聞かれた。

「気持ちいい?」
「っ、気持ちいい、ですっ」

考える間もなく答えていた。直後、くふ、と耳元で漏らされた濡れた笑い声に、頭の中で何かが焼き切れた。
咄嗟に引き抜く余裕さえなかった。
あ、と思った時には加瀬に入ったまま射精していた。吐き出しながらも腰は止まらず、次第に速度をゆるめながら加瀬の中に出しきる。
真っ白に飛んでいた視界が少しずつ戻ってくると、虚ろな目でこちらを見つめてくる加瀬と目が合った。冷静になった頭に思考能力が急ぎ足で戻ってくる。
やっぱり辛かっただろうか。それに確認もせずに中に出してしまった。
すみません、と反射的に口にしようとしたが、要介が口を開く前に「あー…」と加瀬が譫言のような声を発した。固まって様子を窺っていると、軽く咳込んでから加瀬が続ける。

「気持ちよかったー………」

絞り出すようなその台詞に、安堵で身体から力が抜けた。ついでにずるりと加瀬の体内から抜け出すと、長い溜め息をつきながら加瀬は身体を横向きにした。

「あー、でも、だめだ。腰いってぇ」
「あ。すいません、やっぱり無理を…」
「いやいや、これ歳のせいだから。ちょっとシャワー浴びてくる」
「手伝いましょうか」

身体を起こした加瀬に手を差し出すと、驚いたように顔を見上げられた。直後に破顔した加瀬が、「優しいねぇ」と明るく言いながら、やんわりと要介の手を除けてバスルームへ向かって行った。
肉付きの薄い背中に浮いた肩甲骨を眺めながら、 要介は掌で頬を擦った。なんだか顔が熱かった。

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