続く日々も君とありたい

その日、笹野が宿題の作文に苦戦していると、不意に手の甲をシャーペンの尻でつつかれた。顔を上げると町田が生真面目な顔でこちらを見つめていた。手元にはびっしりと英文が書き込まれたノートがある。几帳面な小さな字だ。
「なー、質問」
「はあ?英語なんかわっかんねえよ」
「勉強じゃなくて」
普段の囁き声よりも更に声のトーンを落として、町田が顔を寄せてくる。既に最終下校時刻が近いので図書室内の人気はかなり疎らで、内緒話をするにしてもそこまで慎重にならずともいいと思うのだが、余程聞かれたくない話題のようだ。あまりに真剣な表情なので何事かと思いつつ笹野からも耳を近づけると、
「恋愛感情って何だと思う」
意外な質問が放たれた。
「は」と間の抜けた声を漏らして固まっていると、聞こえなかったと思ったのかもう1度同じ質問を繰り返された。「いや聞こえてるよ」と顔を押しのけると、きりっとした視線を向けてくる。町田はふざけるということを知らない。つまりいたって真面目な質問らしい。
「なんだよ急に」
「前から聞こうと思ってたんだよ。だって、友情との区別ってよく解らなくない?」
「町田、好きなヤツできたの?」
尋ねた瞬間嫌な気持ちになった。自分が今いるこの席に、誰か知らない女子が座っている映像が脳裏に浮かんで。それはいじめっ子といじめられっ子みたいな笹野と町田よりもずっと様になる組み合わせだったが、苦々しいものが喉の奥から込み上げた。
勿論健全な青少年たるもの恋愛くらいして当たり前なのだが、町田は女子に興味があるようには見えなかった。町田から日常的に出てくる話題は、ゲームと勉強と、あと弟と家事のことくらいだ。見た目の垢抜けなさからしても間違いなく童貞だと思う。そこに関しては笹野も同じだったが。
町田はそこについては「あー、うーん」と困ったように首を捻って濁し、「それより教えてよ」と純粋な目をして答えを促した。勉強に関しては笹野が答えを求めて質問することばかりなので、いつもとは逆の立場だ。
「あー…恋愛感情ってのは」
町田の真剣な視線に気圧されながら、口を開く。恋愛感情、というものは知っている。中学生の頃には一応彼女もいた。今思えばあれは男女の付き合いというよりごっこ遊びに近い感覚だったが。
小さくなっていく声を聞き取ろうと、町田が再び顔を寄せてくる。細い一重瞼の目を縁取る睫毛が意外に長くてくるりと上向きにカールしていることに、笹野はとっくに気付いている。
「そいつと一緒にいる為なら辛いこととかも我慢できて…」
喋っている途中で、心臓がバクバクと急にうるさく鳴り出した。そんな訳はないのだが静かな図書室に響いてしまいそうな気がして、左胸に手を当てる。町田の視線が何気なく笹野の左胸に向けられた。
聞こえないで欲しいと思う。聞こえていたら、町田はどう思うんだろうか、と思う。
「そいつがいれば他に何も要らないかも、って思える瞬間がある感じ?」
最後は照れ隠しで軽い口調になってしまった。細い眉を寄せて聞き入っていた町田は、「ふーん」と頷いて、笹野の顔を見た。少し目を合わせてから笹野は目を逸らす。
「わかった?」
「わかったかも」
「かもかよ」
「いや、わかったけど」
「けど」
「困ったなあ」
ふうと細い息を吐いて町田は頬杖をつき、手の中でくるくるとシャーペンを弄んだ。
困ったなあ?俺も困ったなあだよ。気付いちゃいけないことに気付いちゃった気がするんだけどどうすりゃいいんだよ。
思ったが言える筈もなく、町田の好きな相手についてそれ以上問い詰める勇気も出なかった。
何にも染まらないで欲しいなんていう表現はただの建て前だったのかもしれない。ゲームと勉強と、あと弟と家事のことと、それ以外のことが町田の頭を占めるのが、笹野は怖い。町田が垢抜けて、流行を追いかけるようになって、誰の目にも見えるくらいに輝き出すのが嫌だ。それはとても自分勝手な理由でもって。
町田とは違って盛大な溜息を吐いて机に突っ伏した笹野を見て、町田が少し照れたような視線を落として笑っていたことを、笹野本人が知るのはもっとずっと先のこと。

2/2

[*←][ ]
[mokuji]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -