3

(え?)
もはや夢中で快楽を貪っていた平原は、唐突な静止に、安堵するより先に物足りなさを感じた。確実に続きを求めていた自分を恥じ入るような冷静さは、とうに置き去りにされている。
男の手によって育てられたそれを男は無造作に掴むと、下着に強引に押し込めだした。しかし、もはや易々と元の場所に収まるような大きさではない。痛みを覚えてびくりと身体を震わせる平原に構わず、男は張りつめたそれを窮屈な布の中に無理やり捻じ込む。そして、弄られる前とは明らかに様相の違うはっきりとした膨らみの上から、スラックスのチャックを閉めてしまった。
まるで、今更何事もなかった素振りを装うように。
(なんだよそれ…っ)
ここまで追い詰めておいて生殺しか。
電車内で射精などとんでもないことだと解ってはいたが、それでも平原は恨めしく思った。体内に渦巻いているこの感覚を遣る場がない。撫でられていた時の不快感に耐えるよりも、この追い込まれるだけ追い込まれた身体を停車駅まで持て余すことの方が辛い。
平原の股間を離れた手は、しかし完全に平原から離れはしなかった。腰を捉えられたと思ったら強く引き寄せられ、背後に立つ男の下肢に密着させられる。衣服越しに何か、尻に硬い物が触れた。
息を呑む。それが何かは見ずとも解った。
男の腰は探るように尻の谷間に沿って僅かに上下した後、平原の後孔の位置を狙ってぐいと押し付けられた。衣服越しにそこへ押し入ってこようとするかのように、幾度も幾度も押し付けられる。
マウンティング、という単語が浮かんだ。
同性である自分を明らかに性的な目で――それも女役として見ているという証明のようなその行為が、気持ちの良いものである筈はなかった。それなのに、飢えた身体はそれすらを刺激として受け止る。点された快楽の火を消すまいとするように腰が自然と揺れて、尻臀の合間に男を受け入れようとする。
これではまるで…疑似的なアナルファックだ。
思い至って羞恥に顔を赤く染めながらも、倒錯的な悦びを覚えずにはいられない。公衆の只中での秘められた行為。スリルと羞恥とがないませになった興奮。
スラックスを押し上げる股間が痛い。掲げた両手は満員電車の混雑に阻まれて、自ら触れることさえ叶わない。けれどその不自由さすらが気持ちいい。
と、不意に耳先に他人の吐息がかかった。男の唇が近づけられているのだと気づき、はっと動きを止めると、耳の穴に向かって直接吹き込むようにして背後の男が囁く。
「感じてんだ?」
思ったよりも落ち着いた、耳触りの良い声。もしかしたら平原よりも若いのかもしれない。そんな相手に痴漢されて追い詰められているのか。思わず会社の後輩の顔が何人か脳裏を過ぎり、ばくばくばくと心臓が鳴く。
「あんた、大した淫乱だな」
暗示をかけるようなその台詞に平原は小さく首を振ったが、男は声に笑みを含ませて続けた。
「ほら、もうイくんだろ…?」
言葉と同時に、腰を引き寄せていた手が再び前へ回り、何気なくするりとなぞり上げる。
限界の淵に立っていた平原には、そのささやかな刺激だけで十分だった。
「あ…ぁ……!」
体内から押し出されるようにして、声が漏れた。体中から力が抜けるような絶頂。
窮屈な下着の中に、断続的に精液が吐き出される。顔を仰のかせ、ずっと瞑ったままにしていた目を薄く開くと、車内の蛍光灯の光が眩しく沁みて頭が眩んだ。
『間もなく、○○、○○』
半ば飛んだ意識の中へ、聞き慣れた駅名がどこか別世界のような響きを持って滑り込む。JRが乗り入れているため、大勢が乗り換える駅だ。平原の降車駅でもある。
電車はスピードを落としてホームへ入った。車外へ出ようとする人波に押されて意思とは関係無しに出入り口に身体を向けながらも、平原は脚に力を入れられず、かくんと膝を折った。床にへたりこみかけた平原の腕を、横合いから伸びてきた手が掴む。
咄嗟に詫びようとしたが、喉に引っ掛かって声が出なかった。慌てて小さく会釈した平原の顔を、男が覗き込んでくる。
「大丈夫ですか?」
その声に、ハッと視線を跳ね上げた。女好きのしそうなスッキリした顔立ちの青年は、平原と目が合うと、唇にうっすらと笑みを刷いた。
「楽しかったよ」
男は平原の身体を支えながらホームに降り立つと、くるりと身を翻して再び電車に乗り込んで行った。
平原は呆然とホームに立ちつくし、男を乗せた電車が駅を離れていくのを見送るしかなかった。

[ 3/3 ]

[*←][ ]
[mokuji]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -