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(三十路のサラリーマンの股間触る男って、どんだけ飢えてんだよ…)
成人男性の平均からしたら小柄で華奢な体型ではあるが、別に女顔な訳でも取り立てて男前という訳でもない平原である。先ほど見た限りでは、背後に立った男は平原に抱きつくようにして腰に腕を回し、触れている右手を左手に持った鞄で周囲の目から隠すような不自然な姿勢だったので、発車前から痴漢行為をするつもりだったとしか思えない。大人しそう、優しそうと言われる見た目が災いして目をつけられたのだろうか。理由はどうあれ選ばれて嬉しい筈がない。
と、じっと押し付けられていただけだった片手が、ふいに撫でるような動きを見せた。
その瞬間、一気に身体中に悪寒が走り抜ける。
(気持ち、悪ッ)
硬直する平原をよそに、男の手はそこを撫ですさり、時に揉むような動きも交え出した。全身からじわじわと汗が滲み出してくるのが解る。
流石にこれは看過できない、と思った。
手を掴んで止める事はできないにしろ、口は自由に動く。「何してるんだ」でも「やめろ」でもいい、後ろから腕を回している男に言ってやれば、すぐにこの手は止まるだろう。理性はすぐにそんな判断を下した。我慢して見逃してやろうなんて優しさはある筈もない。
けれど、すべきことは解っている筈なのに、声が出ない。
男が痴漢に遭っているなんて、周囲に知られたら恥ずかしい。
駅員から事情を聞かれるような事態になれば、会社に遅れるし、その理由を説明するにもしづらい。
そういう思いもあるにはあったが、それよりも頭の中を占めているのは、自分の弱い部分を握られているという根本的な恐怖と、とにかく予想もしていなかった事態に身を置かれているゆえのパニック、だった。
頼む、せめてそれ以上エスカレートしないでくれ。
平原の祈り虚しく、男の指はやがて、より正確に輪郭をなぞるようにして平原を撫で始めた。
指が行き来する度に、ぞくり、ぞくりとそこから悪寒が這い登る。布越しでも刺激に敏感なそこは、平原の気持ちを裏切って、徐々に形を持ち始めていた。男の性だ、仕方ない、と必死に自分に言い聞かせながら、平原は腕の筋肉が震えるくらいにきつくパイプを握り締めた。
実際、身体は反応してはいるが精神的な興奮は一切ない。痴漢もただ満員電車の鬱憤を晴らすために悪戯に触れているのだと、平原は思っていた。
いつの間にかスラックスのジッパーを引き下げられていたことに気付いたのは、先ほどよりも触れる指先の感覚をダイレクトに感じた時だった。
電車の走行音に包まれている車内でその小さな音が耳に届く訳もなく、気付いた時にはスーツのスラックスの中に忍び入った指に、ボクサーパンツの上から撫でられていた。男の指は躊躇う事もなくそのまま下着の合わせ目を掻い潜ると、直接素肌に触れた。
(ヒッ…)
核心に触れられる恐怖と強い刺激に、身が竦んだ。必死に天井を睨み上げる目に、意思とは関係無くみるみる涙が溜まって行く。
幸い周囲の乗客の中にこちらの方へ向いている顔はなく、皆一様に俯くか明後日の方向を向いて、ただこの状態に耐えている。だが、もしも上ずった声でも洩らせば一気に注目を集めるだろう。
一方的に嬲られている平原に非はない。それでも、こんな事をされている自分を見られるのは怖かった。
泣きそうになりながらただ耐え忍ぶしかない平原の心情を知ってか知らずか、やたらと熱く感じる男の指は、下着の中へどんどんと押し入ってくる。先刻までの愛撫とは違うその動きに、平原は、下着の中から引きずり出そうとしているのだということに気付いた。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ)
今しかない、思い切って止めるには今しか、
「や…めろっ」
勇気を出して上げたつもりの声はしかし、自分が思ったよりもずっと細くうわずっていた。
その声は結果、平原自身を追い詰め、心の内に情けなさと屈辱感とが一気に膨れ上がった。
これは、痴漢をされた経験のある男性にしか解らない感覚かもしれない。見も知らぬ相手に、指先だけで、男としての矜持を踏みにじられている。それでいて、できる筈の抵抗がどうしてもできない、この死にたくなるような感覚。現実とは思いたくない、もしも夢なら早く覚めて欲しい。いっそ身を委ねてでも早く終わってくれと思う。平原はぎゅっと目を瞑って俯いた。
背後の男にはか細い制止の声は届いたのだろうか。一瞬指が躊躇うように動きを止めたが、それきり平原が何もできずにいると、我が意を得たりとばかりに無遠慮に平原のモノを引っぱり出した。
ずるりと先端を布地に擦られながら、硬く反り返ったそれが狭い下着の中から解放された。外気に触れた途端、竿が喜ぶようにひくひくと揺れたのが解り、平原は唇を噛んでいっそう深く俯いた。
男が鞄で覆っているので、周囲の乗客に見えはしない。しかし逆を言えば、男が鞄を落としでもすれば、たちまち平原の勃起した性器は露出されることになる。緊張で心臓が痛い程に高鳴るのに、屹立は何故か萎える気配を見せない。オトコの身体はどこまでも与えられる刺激に従順だった。
男の手は形を確かめるようにして何度か扱きあげた後、先端の窪みを指の腹で探った。滲み出ていた先走りを掬い上げ、そのぬめりを借りて改めて指を滑らせる。滞りのない手つきに平原は身悶えた。敏感なそこへ、男の掌の生々しい感触が忙しなく触れ、ますます先走りを溢れさせていく。
程なくして腹へ添うようにして完全に立ち上がった平原自身を、男はリズミカルに扱いて攻め立てた。自分で慰める時とはまた違う手つきに、下腹部がきゅうんと疼く。
「…っ、は、……」
噛み締めていた唇は、いつの間にかほどけていた。次第に体内に蓄積していく熱を逃そうとするように、何度も熱の篭った息を吐く。きっと頬は紅潮しているだろう。くぷりくぷりと分泌され続ける先走りは、男の手を濡らしてやまない。
パイプを握る手の平がびっしょりと汗で濡れてすべる。何かを求めるように何度も指の力を弛めては握り直していることを、平原は自覚していない。
限界が近づいていた。
「………ぁ、」
無意識に後ろへ腰を突き出しかけ、慌てて我に返って引く。けれどやまない手淫に、また引き寄せられるようにして腰を突き出す。結果的に強請るように腰を揺らす事になったが、自分のその動きさえが快感に繋がる。
今や、興奮していないなどとは言えなくなってしまった。他人の手から強制的に与えられる快楽に、平原は堕ちかけていた。
それなのに。
ふいに、男の手が動きを止めた。

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