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 始めはもちろん、抵抗した。
 しかし拘束された状態でする抵抗なんて無意味だし、脅迫じみた言葉と共に首に手をかけられてからは、恐怖に呑み込まれて動けなくなった。
 膝を跨がれ、上半身から丁寧に――いや、執拗に、と言った方がいいか、愛撫のようなものを施された。指先でなぞり、舌で舐め、唇で吸い、歯で甘く噛む。乳首をいじられるとぞくぞくした。そこが性感帯だという自覚はなかったが、少しずつ場所を変えられながら嬲られていると、その部分が他よりも敏感だということを感じざるを得ない。
 男は全裸の俺を見下ろして、手や口を動かしながらじっと観察していた。それこそ動物か何かを興味深く眺めるように。あるいは体調不良や怪我などがないか触って確かめるように。
 上半身をくまなく撫でた指先は反応が返ってきた箇所を的確に覚えていて、感じる部分ばかりを繰り返し責められると堪らなかった。
 その手が核心に触れる頃には、俺はただただ枕に唾液を沁みこませていた。拘束の効果はすごい。何もできずに与えられる感覚を享受する内に頭がぼうっとしてくる。緊張が極度を超えたのもあって半ばラリっているような気分だった。精神を支配することなんて、実はものすごく簡単なのかもしれない。
「気持ちいい?」
「…ひっ…ん…」
「そう。よかった」
 肯定などしていないのに男はふっと微笑んで、育ちきった肉茎に触れた。
 忌まわしい。忌まわしいことに、身体は快楽に従順だ。ましてや他人の手なんてそれこそ10代の頃以来で、反応してしまうのは不可抗力だった。強かなことに、自分の肉体は怯えすら刺激に変換してみせる。
 男はローションのチューブを取り出して、惜しげもなく俺の股間に半分ほど絞り出した。下腹部から股間に至るまでをぬるぬるした半液体に浸される。冷たい感触に身体を竦めると同時、くちゅ、と音を立てて手が動き出す。直接的な刺激に思わず仰け反った。
「あっ…あっ、あぁ」
 本能で腰が動く。そして、一度動き出すと惰性で止まらなくなる。同時に逃げ出したい気持ちに駆られるが当然その自由は奪われており、チャラチャラとやかましく鎖が鳴る。
「どう? 気持ちいいだろ? …可愛がられるのは」
 男は呼吸を乱すでもなく落ち着いた口調で囁いた。大半が吐息の声を漏らすばかりで答えられずにいると、ふいに手が止まった。男の指の輪の中でひくっひくっと俺自身が物欲しげに揺れる。隠したいのに腕が戒められていて叶わない。羞恥に涙を零しながら、一心に男を見上げる。
 ベッドに繋がれる、ただそれだけで、大の男がこんなにも無力だ。けれどそのどうしようもない無力感は情けなくも腹立たしくもなかった。むしろ、『何もできないんだから何もしないくていい、考えず委ねるしかない』という状況の不自由さは、かえって解放感さえ与えてくれる。
 今は快楽を追うだけでいい。
 頼む、なんでもいい、早く続きを。
「飼われる、ということをきみは勘違いしていないか?」
 男の指が、つう、と唇をなぞった。何気ない仕草であわいを割り、歯の隙間に忍び込んでくる指先を、受け入れてしまう。舌に触れた指をおずおずと押し返すと、慈しむように目を細められた。
 ペットになった気分だ。
「拘束でも不自由でもないんだ――服従によって得られる安全、充足、愛情だよ」
「あいじょう…?」
「そう。きみがここにいる限り俺はきみを可愛がってなんでも与えてあげる」
 更に深くまで入ってきた指先が口腔をくすぐって、もどかしい快感に唾液が溜まっていく。涎を垂らしながら次に与えられるものを待ち詫びているみたいに。
「とても幸福な気分になれる。なんでも受け止めてやる。飼い主ってどういうものかわかるか? パパとママを足したような存在だ。すごいだろ? きみの存在を認めて、無償の愛をあげる」
「ん…ぐ、ふぐぅ…」
「欲しいだろ? 俺が」
 引き抜かれた指を、一瞬唇で追いかけた。男の手が再び下肢に触れ、一気に激しく扱き出す。急に与えられた強い刺激に目眩がした。
「あッ…ああぁっ…! あ、あ、やァあ…!!」
「認めろ。きみは飼われたいんだよ。従属にこの上ない悦びを感じるようにできてる」
 カクカクと腰を揺らす俺に覆い被さるようにして男は囁き、扱く手はそのままに後孔に触れてきた。指先が体内に侵入してくる違和感に、脚が引きつる。
「やめっ、や、」
「何もかも曝け出してしまえば楽になる」
「あっ、入っ、てくる…!」
 生理的な涙で視界がぼやける。きっと俺は今ひどい顔をしている。隠せないことがもどかしく、厭わしく、恥ずかしいのに、まっすぐ見下ろしてくる男の視線に興奮もした。
 もっと見て欲しい。全部暴いて欲しい。
 出し入れされる指に対する不快感がなくなった頃には、俺はもう理性なんて失くしていて、求められる歓びに震えていた。
 そう、求められあやされているのだ、目の前の男に。どう応えればいいのかは明白だった。貪欲に求めて甘えればいい。所有される者として。
「ほ、しい」
「何?」
「あんたが、欲しい…」
「主人に対する口の利き方を教えないといけないな」
 男は肩を竦め、それからゆったりとした仕草で頭を撫でた。ふわふわとした幸福感に身体が包まれる。
「だけどまあ、今のところはそれでよし」
「あ…気持ちいい…」
「頭を撫でられるのが気持ちいい?」
「はい…」
 精一杯首輪の鎖を引っ張って頭を持ち上げ、掌に擦り寄ろうとしたが、男はあっさりと手を退くと「それより」と笑った。
「もっと気持ちいいものを与えてやる」
「あ! うああ―――んンン!」
 熱いものに貫かれ、俺は歓喜に震えながら、自分の腹の上に白濁を放っていた。

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