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 朝からなんとなく熱っぽいと思っていたのが、昼を過ぎた頃には完全な体調不良に変わっていた。
 表には出さないよう細心の注意を払いながらどうにかこうにか仕事を終わらせ、定時を少し過ぎて退社すると、最寄り駅の近くの医院に駆け込んだ。看板だけは通勤の際目にしていたが入ったことのない、個人経営らしいこじんまりとしたクリニックだ。正直前評判をリサーチしてからかかりたい気持ちはあったが、急務なので致し方ない。
 がらんとしたロビーは半ば電気が消されており、受付の女性は顔を見るなり「今日はもう終わりです」とつっけんどんに告げてきた。具合の悪い相手にそれはないだろう。かちんと来てしまい、「なんですかその言い方は」と詰め寄ったところで、「どうしました?」と奥から白衣姿の男が顔を覗かせた。あからさまに面倒臭そうな顔の女性が「先生」とそちらへ視線を投げる。

「患者さんですか?」
「風邪だと思います。薬だけでも処方してください」

 受付の女性が口を開く前に勢い込んで医師に頼むと、

「いいですよ、診ましょう。松戸さんはどうぞ上がってください」

 医師は朗らかに応じてから女性に告げ、俺を奥へと促した。だいぶ年下、せいぜい20代後半に見えるが、落ち着いた態度からは未熟さは感じられない。やさしげな細面だから若く見えるだけでそれなりに経験を積んでいるのかもしれない。
 診察室は待合室と繋がっている廊下と引き戸で区切られた個室だった。椅子に座って二人きりで向き合うと、保険証の確認だけされてから「症状は?」と尋ねられた。

「身体が熱っぽいのと、腰が重いんです。朝熱を測った時は平熱だったので気のせいかと思ったんですが、仕事をしていたら酷くなってきて」
「なるほど。ちなみにお仕事はデスクワークを?」

 ちらっとこちらのスーツに視線を投げて来ながら医師。これはつい最近新調したイタリアのブランドのものだ。シャツもネクタイも見る人間が見れば一流品だということがわかるだろう。心持ち顎を反らしながら答える。

「ええ。チームリーダーになってから初めて大きいプロジェクトを任されてましてね、ダウンしてる場合じゃないんですよ」

 風邪なんかでもし欠勤でもすれば自己管理の如何を問われることになる。上司からの評価にヒビを入れる訳にはいかない。やっと出世街道の入り口に立ったのだ。医師は感じ入ったように目を細めつつ頷いた。

「わかりました。まず胸の音を聞きますのでシャツの前を開けて頂いていいですか?」
「あ、はい」
「インナーはまくりあげて頂いて。…はい、息を吸って。…吐いて」

 言われたとおりジャケットとシャツをはだけて胸元を露わにすると、医師が聴診器を当てた。ひやりと冷たい感触に一瞬身体が竦む。とん、とん、と場所を変えて耳を傾けてから、聴診器を手離し、指が直接皮膚に触れて押し込むような動きをする。何を確かめているのだろう。医師の指先が一度乳首を掠め、インナーを押さえる手がぴくっと反応てしまった。
 何がわかったのかあるいはわからなかったのか、医師は「はい結構です」と表情を変えずに身体を離した。

「では精密に検温をしますので、下を脱いでこちらへおかけください」
「…下ですか?」
「ええ。下着も全て。靴下と靴は結構ですからね」

 戸惑った。今まで病院で下衣を脱ぐことはしたことがない。医療機関にかかること自体が久しぶりなのでわからないが、今はそうやって体温を測るのがスタンダードなのだろうか。
 しかし羞恥を理由に医師の指示を拒否するわけにもいかないので、俺は仕方なく立ち上がってベルトを抜き、折り目のきっちりとついたスラックスを畳んで椅子に置き、下着に手をかけたところで手を止めた。

「…じっと見ていられるとやりにくいんですが」
「いずれにせよこの後見ることになりますが?」

 当たり前だが特に何を思っている風でもない目で医師は答えた。それもそうだな、と思い、ボクサーパンツを一思いに脚から抜き取り、スラックスの下に滑り込ませた。シャツのボタンを留めるべきか迷ったが、上半身だけきっちりしていても滑稽かと思いはだけたままにしておいた。衣服を着ていてちょうどいい温度に設定された室内で半裸になると空気がひんやりと感じられ鳥肌が立つ。
 これからどのような手順を踏むのかと不安になりつつ、促されるままに寝台に腰掛けると、医師は体温計を取り出した。涙滴型の尖った部分をつまんで引き伸ばしたような、先に行くに従って細くなる電子体温計だ。そうして回転椅子をごろごろと転がして俺の開いた脚の間に陣取ると、

「失礼します」
「ぅ、ひッ!?」

 声をあげてしまった。医師は俺の陰茎の先端――尿道に体温計を差し込んだのだ。

「いっ…、痛いです先生」
「少し我慢しましょうね」

 咄嗟に手首を掴んで止めたが、幼い子供に言い聞かせる口調で宥められ、かあっと顔が赤くなるのを感じる。他の患者は我慢できるものなのだろうか。あまり痛いと嫌がるのはみっともなく思え、口を引き結んで耐える。肛門なのかと予測していて、それでも十分抵抗があったのに、まさかこんな部位で測るとは思ってもいなかった。

「ふむ、入って行きませんね…ちょっと失礼します」

 医師は体温計の先端を差し込んだまま、もう片方の手で棹をこするようにし始めた。男っぽくごつごつしたところのない、ほっそりと長い指が妙に艶めかしい。そうされると刺激に反応して下半身に血液が集まり出す。思わず腰をもぞもぞさせてしまう。

「な、なにしてるんですか」
「少し勃起させた方が入りやすくなるものですから。すみません」

 淡々とした口ぶりはあくまで事務的な医者としてのものだ。言葉通りに勃起していく自身を見下ろすのは恥ずかしかったが、致し方ない。ゆるみ始めた尿道口に改めて体温計が押し入ってくる。確かに立ち上がったことで入りやすくなったようで、ずぶずぶと銀色の金属部が呑み込まれていく。

「う…やあ、そんな、奥まで…っ」
「動かないでください」

 異物に反応して勝手に腰が跳ねるのだから仕方ない。馴染ませるように上下されると、「あぅっ」と喉の奥から声が漏れる。屈辱だった。ひりつく痛みと共にむず痒いような耐え難い感覚があって、気持ちが悪い。しかし少しの辛抱だと歯を食いしばった時、医師がおもむろに陰嚢を指で持ち上げた。

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