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「ちょっとお願いなんだけど」
 と、文化祭実行委員の女子二人に話しかけられた瞬間嫌な予感がした。ホームルームが終わって帰ろうとしたところだったが、リュックを背負いつつ「なに」と聞き返してみたところ、
「女コンに出てくださいっ」
 とハモりながら拝まれた。
 女コンとは女装コンテストの略だ。文化祭の野外ステージで観客に一番かわいい生徒を審査してもらい、拍手による投票が一番多かった男子が優勝となる。文化祭定番の企画だ。
「あれ立候補制じゃないの?」
「うん、立候補が昨日締め切りだったんだけど、候補者が足りてないんだよね。先輩から1年誰か出せって頼まれてて」
「お願い、大里くんなら絶対優勝候補だから」
「えー。優勝しても嬉しくないしな。主将がやれば?」
 傍に立つクラスメイトを振り仰いだら、「馬鹿?」と一言で切り返された。
 主将というのはあだ名だ。背が高くどっしりしている大貴はいかにも『主将』然としている。実際は俺と共に英語研究会という名の帰宅部に所属しているのだが。中学ではずっと水泳をやっていたらしいがこの高校にはプールがなく、放課後に個人的にスイミングスクールに通っているそうだ。引き締まった筋肉からして女性らしさとは程遠い。
「じゃあ大里くん出場にしとくから!」
「え、やるって言ってないよ」
「制服はこっちで貸すしメイクも私がやるから安心して、当日よろしく!」
「だからやるって言ってな…」
 女子二人は一方的に喋って俺に断る隙を与えず颯爽と去って行った。
「まじかよ…どうしよ」
「まあいいじゃん、陸女装似合いそうだし。さっさと帰ろうぜ」
「無責任だなー」
 先に立って歩き出した親友の後を追いつつ、こいつみたいな男らしい体格と顔に生まれたかった、と改めて思った。大貴がクールで大人っぽくてかっこいいと女子に囁かれているのを俺は知っている。可愛いって言われても嬉しくない。

 が、文化祭当日。
 ステージの直前だと時間が取れないからと朝一番に実行委員の女子に女装を施された俺は、階段の踊り場の壁に嵌め込まれている鏡の前でふむふむと頷いた。
 女子のブラウスとスカートを見につけた自分は、客観的に見てなかなかのものだった。
 背が低いのも骨が細いのも筋肉がつきにくいのも男としてコンプッレクスなのだが、女装してみるとそれがちょうどいい。普段ワックスで立てている髪はおろせば女子でいうベリーショートくらいの長さはあったのでウィッグはかぶらず、化粧は「顔中にベタベタ塗るのはやだ」と話したらマスカラとグロスだけしてくれた。すね毛はタイツが隠してくれている。
 母に女顔がこの場合は幸いした。胸がないのは仕方ないとして、なかなか可愛い女子高生のできあがりだ。
 うちのクラスは今年は校門の飾りつけを担当しており、事前準備には苦労したが当日は教室で制作過程を展示しておくだけでいいので、店番はない。とはいえ女装で校内をうろつくのは気が引けるので、俺は英語学習室で一日過ごすつもりだった。大貴は校外から来る友達と回るらしい。
 英語研究会の部室として割り当てられている英語学習室には、部活の出し物として『英語の絵本を紹介』ということで図書室から借りてきた絵本を長机に並べてあるが、こんな気合の入っていない出し物を見に来る客はそうそういない。クーラーの入ったフローリングの教室でごろごろゲームをしている内に午前中が終わった。
 学食でナポリタンドッグといちごミルクを買って、英語学習室に戻る前に男子トイレに寄ったら大貴がいた。でかい背中だ。160センチ前半の俺と180センチに届こうかという大貴では結構な身長差がある。
「おっすー」
「…うわ、一瞬女子入って来たかと思った」
 声をかけつつ隣に並ぶと大貴が驚いたように言って、俺の頭の先からつま先まで眺めた。笑いつつ小便器に向かったところで、はたと気づいた。
「あれ、これって前ファスナーないよな。女子ってどうやってやってんだろ」
「女子そもそも立ってしねーだろ」
「あ、そっか。…上にあげればいーのかな」
 チェック柄のプリーツスカートの裾を無造作にめくりあげた瞬間、「おい」と呻きながら大貴がのけぞった。
「お前制服着てそれはやめろって…」
「え、なに? たっちゃった?」
 そそくさとナニをしまいこむのを見て、俺はにやけながら更にスカートをたくしあげてタイツを穿いた太腿を露出させた。心なしかうろたえた大貴の視線が裾のあたりをウロウロとする。
「やめろって…」
「ほれほれ」
 ふざけて大貴の股間に手を伸ばす。大貴は慌てて突っぱねようとしたがちょっと遅かった。
「てめ、さわ」
 ごりゅ、という感触が掌に触れた。
「…んなっ」
 ごりゅ? …と固まった俺をよそに大貴は手を振り払って猛然と便所を飛び出して行った。
 え、あれ? と思わず手を見下ろしてから、自分の股間をむんずと掴んでみた。やわらかい。擬音にするならむにゅり。平常時の態勢だ。そりゃそうだ用を足しに来ただけだし。
(ま、マジで勃ってたじゃん…)
 あいつ女装ごときで惑わされるほど女子に耐性ないのか、そうか、まあ俺も童貞だけどなんか意外だった。
 何事にも動じないイメージのあった男友達の意外な姿を見てしまい、俺は俺で動揺しながら、結局スカートをまくりあげてタイツをずり下ろすというあられもない格好で用を足した。


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