たとえば、朝と昼と夕方と夜。たとえば、晴れの日雨の日曇りの日。毎日いろんな人がやってきて、増えて、消えていく。東京の街はいつも違う顔をしていて、わたしは結構好き。
「雨だね、エトちゃん」
「うん、泰葉さん」
「…あ、ナキがまた何か壊したね」
わたしはあまり耳がよくないから、雨のせいでそれが何かまではわからなかったけど、ナキの叫ぶような泣き声はよく聞こえた。
「たぶん壁じゃないかな」
「本当?エトちゃんは耳いいもんね。落ち着かせてくる」
「いってらっしゃい」
やれやれと立ち上がり音のする方まで飛んだ。近くまで来るとよくわかる。ナキの声も、何がどれくらい損壊しているかも全て。
「……ナキ」
「…泰葉…ううう……」
「悲しいのはわかるけど壊すのは駄目」
「だってよォ…アニキィ…!!」
彼が崇拝するアニキことヤモリは、先日隻眼とやらに殺されたらしい。わたしは別にヤモリに特別な感情があったわけじゃない。寧ろあの悪趣味な残虐性には吐き気がしていた。
「アニキがいねェってことはよ…俺が半分いねェってことだろォ…!!!」
「うんうん、そうだね」
ナキのセオリーは中々に理解できないけど、そういうことらしい。床に手をついた広い背中をさすると、彼はわたしの首に腕を回した。
「孤独は辛ェよ…」
「そうだね」
「泰葉はいなくなんなよ…」
「頑張るよ」
肩が湿っていく。多分ナキの涙のせい。あとどれだけ生きていられるかはわからないし、正直生きるということにあまり興味はないんだけど、ナキがそう言うならもうちょっと生きてみてもいいかな、って思ったりして。
「…腹減った…」
「喰べに行こうか」
手を差し伸べれば彼は素直に手を乗せて立ち上がった。こうして向かい合うとわたしより大きいくせに、すぐに泣くし頼りないし変な人。だからほっとけないのかも。
「…何?わたし、何か変?」
「泰葉の手、柔らけえ…うまそう」
「喰べてみる?美味しくないと思うけど」
「…ガマンする。泰葉が痛いのは超絶悲しい」
不味いからではなく、わたしが痛がることが嫌だと言う彼に対して思う気持ちを恋慕と呼ぶことは知っていた。我慢すると言いつつわたしの手を握って離さないその手を握り返すと、行くか、と手を引かれた。夜の街に駆ける影が二つ。
雨はもう、止んでいた。
(泰葉)
(何?)
(お前が殺されそうになったときは死ぬ前に俺が喰ってやるからな)
(うん、いいよ。でも美味しくないよ)
(よく言うだろ、喰べても痛くないくらいナントカって)
(それは目にいれても痛くないくらいっていう愛情表現の比喩だね)
(火湯…?でも俺、泰葉に愛あるから大丈夫だな)
(…愛、あるの?)
(おう!あ、知ってるか?エーゴで愛はラブなんだぜ!)
(…そっか)
(知らなかったろ!アヤトに言ったらすげえバカにされたんだ)
(…愛、あるんだ)
(泰葉?聞いてる?)
ナキさんもエトさんも
可愛くて仕方ないです。