「只今…」


今日も今日とて、我が理想の中にない余計な事ばかりだった。肩の重みに溜息混じりの挨拶を述べると、部屋の奥から足音が聞こえた。


「御帰りなさい、お疲れ様」
「ああ…な、何だその格好は!?」
「いやだ、ベビードールよ独歩さん」


胸元が広く空いた下着のような格好に声を上げるも、泰葉は気にもならないと言った様子で俺の手を取った。


「其れより、今日は独歩さんの御好きなものばかり用意したのよ。ほら、鰹のたたきとか」
「…今日は妙に豪華だな」


何か催事か?と問うと、泰葉はぽかんとして俺の鞄を床に落とした。そして直ぐに頬を膨らませて剥れた。


「何だ、不細工になるぞ」
「信じられない!もういいわ、先に休ませていただきます」
「あ、おい待て!」


背を向けた泰葉の腕を取ると、振りほどかれ睨みつけられた。


「触らないで!理想ジャンキーの癖に!」
「じゃ…!?」


バタンと音を立てて閉められた扉を呆然と見つめる事しか出来ず、出会ってから初めての彼女の怒号に俺は暫く立ち尽くした。

俺は何かしたか。不細工になると言ったのが悪かったのか…否、泰葉はその前から怒っていたな。今日は何かあったか?あいつは若い女にしては逐一記念日とやらを作らないし、誕生日はまだ先だったはずだ。


「(太宰に相談なんぞしたら絶対に笑い話にされるだろうな…)」


太宰以外に話しても無害そうなのは…泰葉と歳も近い敦辺りか。電話をかけると何事かと若干の驚きを見せた敦に事の顛末を話すと、情報の少なさのせいか言葉を詰まらせた。


『本当に心当たりはないんですか?』
「ああ全く…」
『因みに豪華な食事ってどんな?』
「俺の好物ばかりだ。高い酒もある」
『…つかぬ事を伺いますけど、国木田さん誕生日はいつですか?』
「何だ急に。誕生日は…おい敦、今日は何日だ」
『七月三十日ですよ』
「……成る程な」


そうか、今日は俺の誕生日だったか。だからこんなに豪勢なものばかり…悪い事をしてしまった。敦に礼を云い電話を切ると、恐る恐る寝室へ向かった。


「…泰葉、入るぞ」


返事はない。もう眠ったのだろうか。
横になる背中は心無しかいつも以上に小さく見えた。


「…すまなかった。俺のためにしてくれたんだな」
「……」
「誕生日など、祝ってもらうのは久しぶりだ。有難うな」


髪に触れようとすると、突然起き上がって抱き着かれた。咄嗟の事で倒れ込み、上げられた顔を恐々覗くと、其の顔は笑っていた。


「どういたしまして」
「怒っていないのか…?」
「あら独歩さん、真逆わたしが本当に怒ってると思ってらしたの?おめでたい日にそんな事するほど器の小さい女じゃありませんよ」


いやだわ、と笑う其の姿に心底安心すると、また泰葉は笑った。


「独歩さん、ちょっと焦ったんでしょう?可愛い人」
「焦ってなど…いや、そうだな。遂に愛想を尽かされたかと思った」
「ふふ、わたしが貴方に夢中だって知らないのね。さ、早くご飯にしましょう」


手を引かれ立ち上がると、急にあ、と大声を上げ泰葉ははっとした。


「どうした」
「どうしよう、まだ云ってなかったわ!」
「何をだ?」


小さな体が俺を抱き締めて云った。


「お誕生日おめでとう、独歩さん。貴方に出会えて幸せです」
「……泰葉」
「なあに、独歩さん」
「云いにくいのだが、その…」
「仰って?」
「…胸が、見えている」
「……スケベ!!!」


俺の頬に、真っ赤な椛模様が浮かんだ。




(大体お前がそんな格好をしているから!)
(わたしの所為になさるの?)
(お、俺は背丈があるから仕方ないと…)
(今は我慢なさって。後でちゃんと食べてくださるんでしょう?)
(?)
(わたしのことを)
(!?!)




Happy birthday dear Doppo Kunikida!
2014.08.30


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