少し肌寒さを感じて露出した部分をこすると、こちらに人が小走りで向かってくる気配を感じた。


「今晩は、谷崎さん」
「こ、今晩は、佐和さん」


少し息を切らした彼に微笑めば、鸚鵡返しの如く堅苦しい言葉が返ってきた。詰まらない。けれど、彼のそういうところがわたしは気に入っているの。


「妹さんは?」
「仕事だッて誤魔化して…来ました」
「そう、谷崎さんは悪い人ね」


実の妹に嘘をつくなんて、と嫌味を垂らして頬に手を伸ばすと、ぴくんと彼の体が跳ねた。熱をもつ肌は走った所為か、それとも何か別の理由なのかしら。おどおどとしながらわたしの手を掴むと、甚振り甲斐のない軟弱な体がわたしを抱き締めた。


「貴方に、会いたかッたンです、とても…」
「ええ、そうでしょうね。でなければ危険を冒してまで会いに来るはずがないわ」


だってわたしたちは敵対している立場だもの。探偵社の谷崎さんと、マフィアのわたし。本来なら出会い頭にどちらかが首を撥ねても可笑しくないのに、恋人遊びなんてしているのは滑稽だわ。


「もう終わりにしましょう?貴方だって分かっているでしょう、わたしたちが好ましい関係ではないということくらい」
「…分かります、けど…」
「さあ手を離して。お別れの時間よ」


背骨をなぞるように撫で上げると、腕の力を弱め彼はわたしを見下ろした。


「…嗚呼、駄目よ。そんなに哀しそうな顔をしないで頂戴」
「嫌だ、一緒にいたい…何処か遠くに、誰にも見つからない場所に二人で…」
「いけないわ、だってほら…貴方の同僚の方がお迎えに来ているもの」

「…谷崎!!」
「国木田、さん…」


暗闇の中から現れたのは、探偵社の国木田。確か、社の中でも頭のキレる要注意人物。よりにもよってこの男につけられてしまうだなんて、鈍感な人。


「真逆お前が、その女と接触していたとはな…ただの下っ端ならまだ如何にかなったがそいつは幹部だ!今すぐ離れろ!」
「違うンですッ!彼女は、国木田さんが思っているような酷い人じゃ」
「残念だけれど、時間切れよ谷崎さん」


わたしを庇うように国木田に説くその背中に、仕込みの刀をずぷりと突き立てた。刃先は軽々と彼の体を突き抜け、目に涙を浮かばせて谷崎さんは振り向いた。


「佐和、さん…どうして…」
「御免なさい。貴方のことは愛しているわ。今も、これからも」
「谷崎!!!」


刀を引き抜き背中を蹴飛ばせば、彼は壊れた人形のように呆気なく地面に倒れて行った。


「クソ…賢治!敦!」


国木田に加え、少年二人がわたしを囲んだ。さて、どうしたものかしらね。全員殺してしまうのも悪くないけれど…すると、季節外れの雪がはらはらと視界に揺れ動くのを見た。三人は何故か辺りをきょろきょろと見渡し、国木田は何処に行ったと声を荒げた。


「…これは」
「…逃げて、ください…佐和さん…!」


覚束ない足取りで立つその人は、血を流しながらわたしを見つめていた。


「…何故」
「ボクが、貴方にできることはこれくらい、だから…貴方のことが、本当に…」
「馬鹿な男」


膝を付くその姿を見下ろしてそう吐き捨てると、彼は奥歯を噛み締めただけで何も云わなかった。


「さようなら、潤一郎さん」


震える唇に口付けると、彼は涙を流しながら気を失った。もう直ぐ彼の術が効かなくなってしまう。その前に退散するとしましょう。


「…馬鹿な男」


嗚呼、嘘だと云って。わたしが男如きに胸を痛ませるなんてそんな、真逆ね。






もし生まれ変わるなら、きっと誰よりも
潔らかに生きてみせるわ。
その時は、貴方を愛してもいいかしら。


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