風が騒がしく吹き抜けて、俺の髪を揺らした。見上げると空は一面真っ青で、時折桜の花びらがひらひらと舞い、それはそれは美しかった。
桜の木の下へ、俺は今日も君に会いに行く。






「主、愛してるぜ」
「……は?」


呆れたようなため息混じりの返答は全くもって俺好みじゃあないが、これはこれで良い驚きだ。雑務中でもこうやってわざわざ手を止め顔を上げて話を聞いてくれるんだから、存外俺も愛されてるようだ。


「またいつもの驚きってやつ?」
「いやなに、本心を言ったまでだ。君だって、俺たちのことを愛してくれてるだろう?たまにはこうやって言葉にするのもいいものだぞ」
「いま忙しいから、遊びたいならまた後でね」
「つれないなぁ、君…まあいい、邪魔して悪かったな」


再び書類に視線を落とす主を横目に考えを巡らせる。さてさて、今度は誰にどんな驚きを仕掛けてやろう。また落とし穴でも掘ってみるか…部屋を出ようとしたそのとき、主に鶴丸、と呼び止められた。


「鶴丸、今日も綺麗だね、愛してるよ。でもいたずらはほどほどに。以上」
「…あ、ああ、了解した」


気を抜けば絡まってしまいそうな足がやたら早く主の部屋を出ようと俺を急がせた。どたどたと足音をたてたせいで途中長谷部の怒声が聞こえたが、その内容までは俺の耳に入ってこなかった。

俺はこの、むせ返りそうな気持ちをなんと呼ぶのか、長いこと生きているくせにわからなかった。だが気付けば口元がだらしなく開いていたことに、きっと悪いことじゃないんだと思えて、そしてどこか清々しい気分になって。


それから毎日、主に愛してると伝えるのが俺の日課になった。最初はやっぱり呆れ気味だった主はいつしか、鶴丸、愛してるよと返してくれるようになり、俺はあの少し息苦しいような感情を抱えて笑った。

可笑しな話だ。所詮俺はどこまでいっても刀でしかなく、主はどこまでいっても人の子だ。人と武器の関係は変わるはずもないのに、言葉を交わすと、不思議と俺も人に近付けたような気がした。毎日毎日同じ言葉、それは端から見ればどんなに薄っぺらで滑稽に映っただろう。それでもよかった。俺には愛なんてものを事細かに誰かへ説くことなんかできやしないが、それでも俺は主を愛していたんだ。それだけがあればよかったんだ。

よかったと、思っていたのに。



「…桜が満開だわ。もうすっかり春ね」
「そうだなぁ、今年もよく咲いた。ここへ来て何度目の桜なんだか」
「…いやね。せっかく綺麗なのに、この歳になると、もうこの桜が見納めかもしれない、なんて思うわ」
「なに言ってるんだ、俺はまだまだ君を驚かせるぜ。死なれちゃ困る」
「ねえ鶴丸、わたし死んだら桜の木の下に埋めてほしいわ。お花見したいもの」
「…君な、冗談にしたってさすがに「お願いね、鶴丸。任せたわよ」……なんでわざわざ、桜の木なんだい?」
「ふふ。桜の木の下なら、一年に一度くらい会いに来てくれるでしょう?」
「そこまで薄情なはずないだろう。毎日だって行くさ」
「わたしのことを思い出すのはたまにでいいの。それで充分よ。あなたはわたしよりずっと長く生きるんだもの。楽しいことで毎日をいっぱいにして、笑っていてくれればいいの」
「…それは主命かい?」
「……いいえ、願いよ」


すっかり皺だらけになった顔で笑う君も、初めて会った頃の君の面影を残していて、相変わらず俺は君のことを愛しく思ったんだ。弱々しく握られた手を握り返せば感じられる熱も、君が生きている証の全てが尊く、美しく、愛しかった。





「なあ、あのとき君は主命じゃないと言えば、俺が本当に毎日会いに来るとわかっていたんだろう?全く素直じゃないな、君は」


いつもと変わらず返事はない。風が代わりに応えるかのように優しく頬を撫でた。腰を下ろす。少し遠く見える本丸を眺めて、それでも俺は話しかけ続ける。


「君の願い通り、桜の木の下だぜ。俺も埋められるならこういう場所がよかったかもな。…なんてな!心配は無用だぜ。せっかく君がくれた体だ、これからも好きに生きていくさ」


これだけ生き続けてもまだまだ知らないことがあるものだ。こんなに美しい景色でも、一人だと虚しく思えてくる。一人は慣れていると思っていたんだがな。


「散ると見て、あるべきものを梅の花、うたてにほひの袖にとまれる…だったか。はっはは、こういうのは俺らしくないか?伊達に長く生きちゃいないさ。……それじゃあ、また来るぜ」


ああ、知っていた。わかっていたさ。置いていかれることぐらい。それでも君に生きていてほしかった。君と生きていたかったんだ。心というのは厄介な代物だな。無理だと理解していてもなお、願ってしまうんだ。今の君は触れると冷たいただの石で、俺の手を握ってなんてくれやしないけど。それでも俺は、たとえ君が死んでも。


「……おっと、忘れるところだったな。主、今日も君を愛してるぜ!!」




散ると見て あるべきものを 梅の花
うたてにほひの袖にとまれる

ーーいつか散るものだとわかっていたのに、
どうしてくれよう、
いつまでも君が消えてくれないものだから、
忘れたりできるはずないじゃないか。


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