ギシ、と音を立てたベッドに、野生の勘のようなものが働いて駆け抜けた危機感がわたしの重い瞼を開かせる。


「…こんばんは、死柄木さん」
「………」
「今日も殺しに来てくれたんですか」


わたしのやけに呑気な挨拶。言葉を発するたびに、喉元は彼の手のひらを擦った。わたしの言葉が気に障ったのか、手に力が込められて呼吸が窮屈になる。


「……やめた」


もう少しでいとも容易く折れてしまうであろう骨が、喉が、気持ちとは裏腹に解放されたことを喜んで肺いっぱいに息を吸い込んだ。わたしに跨っていた死柄木さんはわたしの胸に顔を押し付けて、長い長い、消えてしまいそうなため息をついた。


「今日も殺し損ねた…」
「そんなにわたしを殺したいですか」
「殺したい」


ああ即答。明確で純粋すぎるほどの殺意。それに当てられると、死にたくなんてないはずなのに、この人になら殺されてもいいかな、なんて気になる。それを狂気というのなら、わたしは確かに狂っているのかもしれない。


「どうして死なないんだ、おまえ」
「死ぬまで首を締めてくれないからです。ずっと言ってるじゃないですか、死柄木さんになら殺されてもいいって」


受け入れる覚悟はできているというのに。毎晩、次に目を覚ましたとき、あなたとは違う世界にいるかもしれないのだと思いながら眠りにつくのに。もう二度と会えないかもしれないあなたを思いながら、あなたに殺されるのを待っているのに。


「……そうか、わかった」
「なにがですか」
「目だ。その目が悪いんだ」


ゆっくり顔を上げて、手のひらでわたしの頬を包み込み、じいとみつめると、彼はほとんど唇も動かさずにそんなことをのたまう。自己完結してにんまりと口角をあげると、そうかそうかと言葉を漏らした。と、思えば不快そうに眉をひそめる。


「…まただ。いってえな…」
「どこか、お悪いんですか」
「おまえのせいだ、佐和泰葉」


体を起こした彼は、自身の胸を押さえながらそう吐き捨てた。細い体を上下させて深呼吸を繰り返す死柄木さんをただみていると、突然、顔を近付けた彼の色素の薄い髪がわたしの顔を撫でた。この世のものではないかのように恐ろしいのに、どこかあどけなく光る瞳が至近距離で恨めしそうにわたしを睨む。


「おまえの目をみてるとここが痛む。だから俺はいつもおまえを殺せないんだ。いつもいつもいつも…」
「はあ…そう、ですか」
「息だってつらいし頭は冴えない。なんなんだこれ。なんで俺はおまえを殺せない。おまえの個性か。目を潰せば治るのかな」
「それはわかりませんけど、わたしの個性じゃないですよ」
「じゃあなんなんだよこれは。…ああ嫌だ、気分が悪い」


あああ、と唸りながら死柄木さんはわたしの首に顔をうずめた。薄い体から伝わる鼓動はやけに早くて、服越しに感じる体温は平熱というには熱いような。…まさか、いや、でも。彼の言葉とそれらを繋ぎ合わせて客観的に考えたとき、ある考えがわたしの頭をよぎった。


「…これは、あくまで可能性の話なんですけど」
「なんだよ」
「古今東西、異性と目が合って胸が痛むのはその相手に恋をしているからと言われていまして、ですね…」
「……恋…」
「あ、あの、決して自惚れとかではなくてですね、一般論というか、そういう考え方もありますよっていうお話で「帰る」……はい」


ああ、明らかに失言だった。死柄木さんがわたしを、なんてありえるもんか。というかそもそもこの人にそういう思考があるのかも怪しいところだ。ふらふらと歩いていく背中を心許なく、またいとしく思いながらみていたら、力なくくるりと振り向いて呟いた。


「明日また来る」
「も、もし明日もわたしを殺せなかったら、どうするんですか」
「明後日また殺す」
「それでも、ずっと痛いのが治らなかったら…」
「…そうだな」


少し考えるように俯いたあと、向けられた視線は酷く無気力で。薄い唇がまた小さく動いた。


「俺が納得できるように、恋ってやつを説明しろ」
「説明ってそんなの、わたしには…」
「簡単だろうが。俺のことが好きなんだろ、おまえ」
「!!」
「俺がおまえを殺すのが先か、おまえが俺を納得させるのが先か…」


たぶんわたしを殺すことなんて、彼にとっては遊びにすぎないのだろう。好きな人がこんなにも自分を殺したがっている。わたしは悲しくて悲しくて仕様がないはずなのに。



「…っ明日も、明後日もその次も、ずっと殺しに来てください。わたし頑張って、死柄木さんに恋を教えます」


あなたは狂ってる。それなのに、こんなにも昂ぶるのはわたしが彼を好きだから?ああ、わたしももうおかしくなってる。これは病気だ、治しようがないんだ。あなたは異常、わたしも異常。

不気味に笑った彼のせいで早まる鼓動が、恐怖かときめきかなんて、今のわたしに正しく判断できるはずなかった。



おまけ


とある重病患者たちの午後。


「死柄木さん」
「なんだよ」
「別に死にたいわけじゃないということを前提に聞いていただきたいのですけれど」
「早く言え」
「いやふとですね、死柄木さんの個性を使えばわたしなんて瞬殺なんじゃ、と…」
「おまえ、死にたいのか死にたくないのかどっちだ」
「死にたくはないですけど、死柄木さんに殺されてもいいとは思ってます」
「矛盾だろそれ」
「う、すいません…」
「それと俺がそんなことわざわざ言われなきゃわからんような馬鹿だと思ってるなら今日こそ殺すぞ」
「馬鹿だなんてそんな、わたしなんて死柄木さんの聡明さの足元にも及ばないと思ってますよ。でも事実、あなたの個性なら」
「それで殺したって文字通り秒殺だ。面白くないだろ」
「…そういうもの、ですか?」
「知らん。俺はそうって話だ」
「はあ…」
「おまえはできるだけ苦しめて殺したい」
「…が、頑張ってください。わたしも頑張ります、死なない方向で…」
「いや死ねよ」
「だって死んだら、死柄木さんに会えなくなっちゃいます」
「…ッつ…」
「死柄木さん?」
「まただクソが…絶対殺してやるよ、佐和泰葉…」
「(ああだめ、また胸がきゅんってなった…!!)」


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