※グロテスクな表現有り
「酷くやられちゃったみたいだね」
暗く静かで少し怪しげな店内に、彼の渇いた声だけがこだまする。視力を失った左目が疼いた。
「…ウタのマスクが脆いから」
そうやって彼のせいにしてみれば多少は痛みも和らぐかもしれないと思ったけれど、どうやら期待外れだったようだ。
喰種捜査官…わたしたちの間では白鳩と呼ばれる奴等に出くわして、逃げようにも行き止まりの路地へ追い込まれ仕方なく交戦することになったのは三時間前のこと。運良くマスクを持っていたため顔を見られることはなかった。だから少し動けない程度の傷を負わせて逃げるつもりだった。白鳩が怪我をして倒れた隙に逃げようと背中を向けた瞬間、反撃されて振り向いた際に左目を潰された。誰かと約束していたわけではなかったとはいえ、せっかくのショッピングの予定が台無しだ。
「手当は、誰にしてもらったの」
「あんていくでトーカちゃんに」
「じゃあ安心だね」
眼帯をゆっくりと取られ傷を負った目が空気に晒された。グロテスクな痕跡が彼の目には映っているのだろうか。それはそれで食事を見られるのとはまた違う恥じらいを感じさせられる。
「…治るまで時間かかると思うの」
「そうなの?」
「クインケ、だっけ。白鳩が持ってる赫子の武器。あれでやられたから」
おまけに相性は最悪の赫子だった。長引く怪我は久々で、人間にでもなったかのように錯覚するほど和らがない痛み。と、共に押し寄せる別の感情。
「…おなかすいた…」
「ぼくおやつしか持ってないけど」
いる?と問いかけたくせに、彼はぺろりと球状のそれを舐めてから口の中に放ってしまった。酷い空腹で厭らしい音が鳴って、ごくんと唾を飲み込んだ。
「…泰葉、暫く食べてないんだね。そんな顔してる」
「わかってるなら早く喰べさせて…怪我もしてるしもう死にそう…」
鳴り止まない腹の音を抑えるように体を丸めると、唐突にキスをされて口移しで噛み砕かれたものが体に流れ込んだ。脳が身体が、悦んでいる。もっともっととだらしなく彼の口内に舌を伸ばしてもそれ以上空腹が満たされることはなかった。
「…珈琲、ちょうだい」
「うん、淹れてくる」
左目の瞼にちゅ、とキスをしてウタは部屋の奥に消えた。気のせいか痛みが和らいだような…いいや、そんなまさか。ショッピングのリベンジは当分できそうにないなとため息をつく、そんな午後。
(もう怪我しない)
(なんで?)
(なんでって…)
(眼帯、似合ってるよ。かわいい)
(…なんだよもう、もう、馬鹿…!)
(?)