目が覚める。見慣れない天井。ここはどこだったかしら。ごろんと転がったシーツからは、あの男の匂いがした。ああそう、昨日は泊まったんだったわ。起き上がり部屋の中を見渡しても、家主の姿はどこにもない。おまけにわたしが脱ぎ捨てた服もない。


「…まあ、いいわ」


そんなことを恥じるような間柄でもないもの。下着姿のままベッドから抜け出したら、コーヒーのいい香りがした。それに釣られて向かった先に、広い広い背中がみえた。


「やあ、おはよう」
「……」
「何か?」
「…いいえ、別に」


足音をたてずに近付いて驚かせようと思ったのに、そんなことはつゆ知らず、くるりと振り返って優しく笑うのだから、責めることもできない。ああまったく、タチが悪い。覗き込むと、テーブルに並んだコーヒーとサンドイッチをみつけた。


「それ、朝食かしら?いいにおいね」
「ああ、簡単なものしか用意できないが」
「十分よ。そうだ、わたしの服を知らない?」
「洗って干しているところだ。もう少しで乾く」
「ありがと。じゃあコーヒーが冷めないうちに」


席につこうとすると、待ったと制止を促される。そういえばクラウスがいつもと違う気がしたけど、今日はまだネクタイもつけていないし、シャツのボタンも上までは止められていないわ。なんだか新鮮。


「そういう格好でいられると目のやり場に困るのだが…」
「好きなだけみていいのよ」
「昨晩この上ないほど堪能させてもらった。それに女性が体を冷やすのはいけない」


堪能、だなんてやらしい言葉を口にするくせに、根っからの紳士ね、つまんないの。でもそういう扱いに慣れていないからか、ちょっと嬉しいのも事実。


「…わかった、じゃあ何か服を貸して。どうせ女ものの服なんてこの家にはないでしょう」
「今探してくる」


そう言って部屋の奥に消えたクラウス。少しして戻ってきたその手には大きなワイシャツ。これぐらいしかなかった、と申し訳なさそうに言うから、お礼を言い頬にキスをして受け取ろうとすると、またもや制止させられた。


「私が着せよう」
「やあね、子供じゃないのよ」
「私の美しい淑女の身仕度を整えたいのだ」
「…はあ。じゃあ、お言葉に甘えるわ」


人形の着せ替えをする子どもみたいな顔をしてわたしに服を着せる。ねえ、あなたのそういう言葉一つ一つがわたしをおとなしくさせてしまうって、あなた気付いてる?


「…わけないわよね」
「何か?」
「いいえ」


男にされるがままなんて、わたしらしくないのに。なんだかやりきれなくて、シャツのボタンを留める大きな手に自分の手を重ねて、頬や鼻にキスを落とす。ム、と不可解そうな声を漏らした彼と目があって、わたしはなんでもないように笑みを送る。


「何だね」
「何が?」
「邪魔をされているような気が」
「やあね、戯れてるのよ。かわいい悪戯だと言って」


やった、仕返しは成功ね。顔に手をそえて唇にキスすると、大きな手がわたしの頬を包んで、噛み付くように口内を犯した。驚いて情けなくも腰を抜かしたわたしの体を抱いて、そのまま床に倒しても止まらないキス。苦しくて気持ちが良くて涙が滲むと、暫くしてから唇は解放された。完全に倍返しされてしまった。わたしを見下ろす目を少し睨みつけて、八つ当たりのように問い掛ける。


「…何よ、どういうつもり?」
「ほんの少し、君と戯れてみようかと思ったのだが」
「!」
「すまない、あまりこういうのは慣れていなくて…」


泣かせてしまった、とわたしの涙を拭いながら申し訳なさそうにしょんぼりする大男。ああ、なんなの、この男。いままで出会ったどんな男とも違う。おかしいったら、ありゃしない。


「…ふふっ…」
「…?」
「ふふふ、あっははは!クラウス、あなた最高よ」
「う、上手く出来ただろうか…?」
「ええ、それはもう。ねえ、起こしてくれる?遊んでいたらお腹が空いたわ」
「ああ、もちろん」


腕を広げたら、わたしの背中と膝裏に手を回してそのまま抱き上げた。…わたしは腕を引っ張ってもらおうと思ったのに。やっぱりこの人、最高だわ。


「プリンセスにでもなった気分だわ」
「私にとって、君はそういう存在だ」
「ありがとう。頼もしいナイトね」


そのまま椅子に下ろすと、彼はわたしの頬にキスをして、向かい側に腰掛けた。


「…しまった」
「なあに?」
「申し訳ない、泰葉君。すっかりコーヒーが冷めてしまった」


きっと短い生涯、わたしに上目遣いで謝る男も、あなた一人だけだわ。


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