「んー…」
お弁当をつつきながらわたしを遠慮なくじろじろとみてくる貴澄。無視してパンにかぶりつくと、耳にかけていた前髪がはらりと頬に落ちた。元の位置に戻すよう耳にかけると、やっぱり、と貴澄が言った。
「なんか今日いつもと違うと思ったんだ」
「…別に、いつも通りだけど」
「そんなことないよ。前髪切ったでしょ?」
ぎくり。普通は気付くはずない。実際、今日は誰にもそんなこと言われなかった。けど、なんとなくこの男にはバレてしまうような気がしていた。一番知られたくない相手に。
「……切ってない」
「えー本当に?昨日より短くなってると思うんだけどなぁ」
「気のせいでしょ」
「二センチ…」
「……」
「いやそんなにじゃないかな。一センチくらい?」
そう、たかが一センチ。なのに、どうしてわかってしまうのか。
「なになに、イメチェン?前髪短くするの流行ってるもんねえ」
「…知らない」
「でもちょっと切ったらやっぱり怖くなっちゃったんでしょ。新しい髪型にするのってどきどきするよねー、わかるわかる」
わたしが本当に知られたくないのは、髪を切ったことじゃない。そんな些細なことよりも、それに至る過程の話だ。だから気付かれたくなかった。
「でも僕は泰葉ならどんな髪型も似合うと思うしかわいいと思える自信あるから、無理して変えようとしなくてもいいよ。もちろん、短い前髪の泰葉もちょっとみてみたいけどね」
ああもう、こういうところが本当に、本当に。
「……あほ貴澄。変態。タラシ。スケコマシ」
「お褒めに預かり光栄だなぁ」
「全然褒めてないし。この昼行灯」
「泰葉は言葉のチョイス古いよー。面白くて好きだけど」
満足げに笑うその顔はどうしたってわたしの鼓動を早めさせる理由には十分すぎて、どうしようもなく悔しいのに抗う術もなく、今日もわたしはこいつにあっさりと攻略されてしまうのだ。
「え、一センチ!?」
真琴がびっくりしたように僕をみるから、得意げに笑えば信じられない、とでも言いたそうに目を開いた。
「すごいな貴澄は…俺そういうの本当疎くて。十センチくらい切っててもわかんないかも」
「女の子はそういう些細な変化をみつけて褒めてほしいものなんだよ。まぁ僕の彼女は隠したかったみたいだけど」
「でも本当すごい…貴澄、その彼女のことよくみてるんだね」
紅茶に砂糖を落としてかき混ぜながら、大好きなあの子のことを考えた。照れ屋で意地っ張り。でもちょっとつつくと簡単に折れて、いじらしくてついつい、構いたくなる、そんなあの子。
「好きな子のことならなんでもわかるようになりたいだけだよ、僕は」
そう、結局答えはいつもシンプル。どんなに小さな変化でも、その意味まですべて知り尽くしたい。隅から隅まで好きでいたい。僕はきみの一番でいたいし、言うまでもなく、きみは僕の一番でしかないんだから。