※設定上ひらがなが多いので、不快に思われる方はご注意ください。
わたしはこころをもっている。わたしはことばをしっている。
わたしはご主人さまをあいしている。しもべとしてではなく、これはこいだ。こいなのだ。だけど。
わたしは、ことばをはなせない。
「(ご主人さまは、きょうもおうつくしい)」
にんげんのせかいのことはよくわからないけれど、ご主人さまはにんげんのせかいでも、とってもとってもえらいのだ。すごいのだ。わたしはご主人さまによばれるまで、こえをださず、うごかず、そこにいるだけのそんざいだ。いそがしいご主人さまのじゃまをしてはいけない。ときどきわたしであそぶアマイモンさまも、きょうはここにはいない。とてもしずかだ。そしてやはり、ご主人さまはうつくしい。
「(せめてにんげんのすがたになれたら、もっとおやくにたてるのに)」
わたしのようなかきゅうのあくまでは、おきものぐらいのかちしかない。そんなわたしをおそばにおいてくださるご主人さまは、なんておこころのひろいかたなんだろう。ご主人さまのためならば、わたしはいつ、このみがくちてもかまわない。けれど、もしかなうなら、わたしはことばをはなしたい。しょうめつするまえに、いちどでいいから、あいしていますとおつたえしたい。
「……飽きましたねえ」
ご主人さまは、おやすみもとらずにずうっとおしごとをなさる。そして、きゅうにそれをおやめになったりもする。ご主人さまはえらいから、それでいいのだ。
「泰葉」
なまえをよばれたのはなんにちぶりだろう。ご主人さまはわたしになにをもうしつけてくださるのだろう。きたいをむねに、ご主人さまのもとまでいそぐ。
「確かお前は雌だったな」
「がう?」
「もうこの際悪魔でもいい、美少女と戯れたい…」
ぱちん、とご主人さまがゆびをならせば、わたしはけむりにつつまれて。
「おお、我ながら良い出来ですね」
「……?」
なんだか、からだがうまくうごかない。おおきくなった?したをむくと、にんげんようなおんなのあしがあった。ふれようとしたては、とてもちいさくて、ゆびがごほんあった。おおきなまどに、ご主人さまと、しらないおんながうつった。だれだ、こいつは。じい、とみつめると、おんなもこちらをじい、とみてきた。
「人型になった気分はどうだ」
「……ご主人、さま?」
「おや、知能があるとは」
「…にんげんの、からだ」
にんげんの、かたち。ご主人さまが、わたしをひとがたにしてくださった。こえがでる。ご主人さまにことばをとどけられる。
「サマエル、さまっ…!!」
ああ、わたしにながいあしがある。ながいうでがある。いつもとおくからか、したからみていたサマエルさまを、こんなにちかくでみつめることができる。あしをついて、おてにふれる。ああ、サマエルさま、サマエルさまのからだだ。
「気安く触るな、と言いたいところですが…今日は大目にみましょう」
「サマエルさま、サマエルさま…!」
「美少女に跪かれるのも悪くない」
サマエルさまのおてが、わたしのあたまをなでて、このうえないこうふくにはちきれそうになった。そうだ、おつたえしなくては。きっともう、こんなきかいはにどとない。
「サマエル、さま、ずっとおつたえしたかったこと、あります」
「ほう」
「あなたさまを、あいしています、たくさん、たくさんです」
ことばにしても、ぜんぜんたりなかった。なんてどんよくだ。けれど、おつたえできた。かなうことはないとおもっていたのに。
「どうしても、おつたえしたかった、あいしています、これでもう、いつしんでもしあわせです」
これでいつ、もとのすがたにもどってもかまわない。もうにどとことばをはなせなくても、ふれられなくても、わたしはしあわせだ。あいするおかたに、あいしているといえたのだから。
「下級如きが何を、と思ったが…面白い、少し興味が湧いた」
「?」
「私が飽きるまで元の姿には戻さない。精々愛する私の為に働け」
わたしはゆめをみているのだろうか。まだ、このすがたのままでいても、いいのだろうか。またあなたさまにふれて、あいしているといってもいいのだろうか。ご主人さま、わたしは、わたしは。
「あなたさまの、おおせのままに…!」
あなたさまをあいせて、はじめてこのよにうまれてきたことを、しあわせだとおもえたのです。このかんじょうは、すべてあなたさまからいただいたもの。わたしにできることはすくないけれど、だけど。
「さいごのときまで、このからだも、こころも、あなたさまのものです」
「当然だ」
ああ、サマエルさま、なんどでもいいたい。わたしはあなたさまをあいしています。あなたさまのためにいきれることが、こんなにもしあわせなのです。
ことばをもたないわたしの
(せいいっぱいのあいを、あなたさまに)